平和をつくるを仕事にする 背表紙
Created with Sketch. 働き方の知恵

僕らのチカラで世界は変わる!

僕らの日常生活の延長線上に、アフリカの紛争があることを自覚した時に、大きなショックを覚えるでしょう。

たとえば、テレビで世界中の貧しい国の子どもたちの姿が映し出された時に、「かわいそう」という憐憫の心が生じます。けれども、それは「私とは関係のないところで起きている」と捉とらえているから、そのような気持ちになれるのかもしれません。僕もそうでした。けれども、僕らの生活の中に、アフリカを始めとする世界各地の紛争の原因が、子ども兵が生み出される原因が含まれていると気付いたときに、同情や哀れみの想いではなく、痛みを覚えるのです。

僕らの身近なところで考えると、日常使っている、携帯電話やパソコンを始めとする電子機器に含まれるレア・メタル(希少鉱物)。コンゴ民主共和国では、レアメタルや、さまざまな鉱物資源をめぐる戦闘が今も続き、一説には5000人を超える18歳未満の子どもたちが、奥深いジャングルでの戦闘に従事させられているのです。そのような状況を、日ごろ使っている製品が生み出しているかもしれないのです。

大衆の反逆 背表紙
社会の知恵

「専門家」であることの罠

実験科学は十六世紀の末に始まり(ガリレオ)、十七世紀末に体系化をされ(ニュートン)、十八世紀の中葉から発展を開始した。あるものの発展は、その形成とは別のことであり、別種の条件に服しているのである。たとえば、実験科学の集合名詞である物理学の形成にあたっては、総合統一への努力を必要としたのであり、ニュートン及び彼の同時代人の仕事はその総合への努力であった。しかし、物理学の発展は、総合統一とはまったく逆の動きを要求した。科学が発展するためには、科学者が専門化する必要があったのである。ただし、あくまでも科学者であって科学そのものではない。科学そのものは専門主義的なものではない。もしそうならば、科学は事実上真実のものではなくなってしまうであろう。実験科学を総体的にとりあげたとしても、それを数学、論理学、哲学から分離してしまえばもはや真ではありえないのである。ところが、科学に関する労働は──不可避的に──専門化せざるをえない性質のものなのである。

物理学や生物学の歴史を、それらに従事している研究者の仕事がますます専門化する方向をとっている過程を中心に叙述してみることは、きわめて興味あることであり、一見したところよりはるかに有意義なことだろう。そうしてみれば、科学者が一世代ごとにますます狭くなる知的活動分野に閉じこもってゆく姿が明らかになるだろうからである。しかしわたしが提唱した歴史的記述がわれわれに教えてくれる重要なことはこのことではなく、どちらかといえばその逆のことなのである。つまり、科学者が、一世代ごとに自分の活動範囲を縮小してゆかなければならなかったために、徐々に科学の他の分野との接触を失ってゆき、宇宙の総体的解明から遠ざかっていった過程である。ところが、この宇宙の総体的解明こそが、ヨーロッパ的科学、文化、文明の名に値する唯一のものなのである。

専門化傾向が始まったのは、まさに、「百科全書派」的人間を文明人と呼んだ時からであった。十九世紀は、すでにその創造活動は個別化の性格を帯びてはいたが、いまだに百科全書的に生きていた人々の指導のもとに自らの運命を歩み始めた。ところが次の世代には、すでに重心が移動してしまっており専門化傾向が個々の科学者から総合的文化を追い出し始めたのである。そして第三の世代がヨーロッパの知的指導権を握った一八九〇年になると、歴史上前代未開の科学者のタイプが現われた。それは、分別(ふんべつ)ある人間になるために知っておかなければならないすべてのことのうち、一つの特定科学だけしか知らず、しかもその科学のうちでも、自分が積極的に研究しているごく小さな部分しか知らないという人間である。そして、彼は自分が専門に研究している狭い領域に属さないいっさいのことを知らないことを美徳と公言し、総合的知識に対する興味をディレッタンティズムと呼ぶまでになったのである。

承認をめぐる病 背表紙
こころの知恵

“ひきこもり”になるのはなぜ“良い子”なのか?

常套句としての「良い子」の問題

「手のかからない良い子」という常套句がある。ひきこもり事例の両親から話を聞いていると、しばしばこの常套句に出くわす。この種の表現は、たとえは悪いが事件の犯人の近隣住民が、インタビュー場面で口にする「とてもそんなことをするような人には見えなかった」といった言葉と同程度には紋切り型である。

子育ては常に物語性を帯びている。ここでいう「良い子」とは、しばしば「記憶の中の良い子」イメージである。記憶はしばしば事後的に加工され、はなはだしきは捏造される。成功者の母親は、しばしば過去の問題について語るだろう。「昔はさんざん苦労させられたけれど、今は立派になって……」と。ここには成長という物語があり、主役は晴れて養育に成功した母親だ。

ならば逆の場合もあろう。現時点での不適応は、常に過去の適応と対比される。「あんなに良い子だったのに……(今はダメになってしまった)」という悲劇の構造だ。「良い子バイアス」と名づけたいほどの紋切り型が定着したのは、ひとつにはこうした背景があるのではないか。

勘定奉行の江戸時代 背表紙
Created with Sketch. 働き方の知恵

江戸幕府は財政危機を乗り越えられたか

新井白石の荻原重秀批判の真相

勘定奉行・荻原重秀に対する新井白石の批判が凄まじかったことは、よく知られている。白石は、再三にわたり貨幣改鋳の停止を将軍家宣に求めた(以下、新井白石『折たく柴の記』岩波文庫。また白石は、「天地開闢(てんちひら)けしより此(この) かたこれら姦邪(かんじゃ)の小人(しょうじん)、いまだ聞も及ばず」と、この世が始まってから現在まで、重秀のような不正を働く小人を聞いたこともない、とまで激しく非難し排除を求めた。しかし、重秀が罷免されたのは、将軍家宣の亡くなる(正徳二年一〇月一四日とされる)直前の正徳二年九月一一日のことだった。未曾有の財政危機を迎え、それを貨幣改鋳によるとはいえその都度切り抜けさせた重秀の手腕のほどを考えると、重秀を罷免することに将軍家宣と幕閣は躊躇(ちゅうちょ)したのだろう。

白石は何故ここまで激しく重秀を非難したのか。それは、財政危機への対応策とはいえ、貨幣の品位を落とす改鋳策だからというのが大きい。さらに、これは重秀に限られるわけではないが、幕府が行う土木工事や御殿などの作事工事のたびに、幕府役人が業者から多額の賄賂(わいろ)を手にする不正行為の蔓延があげられる。将軍代替わりごとに出されるもっとも重要な基本法は武家諸法度(ぶけしょはっと)で、宝永七年四月に将軍家宣が出した武家諸法度は白石の起草になり、そこには賄賂の禁止が盛りこまれていた。白石は、賄賂によって正道(せいどうどう) がそこなわれ、それにより政治が腐敗することに強い警戒心をもっていた。

白石は、江戸幕府の現状について強い危機感を抱いていた。白石は、しばしば「国財すでにつきはて」(二六四頁)「前代に国財の竭尽給(つきつくしたま)ひしは」(二六七頁)「国財すでに竭尽し」(二七一頁)などと表現し、国家の財は五代将軍綱吉の時代に尽き果てたという認識をもっていた。室町幕府八代将軍足利義政(あしかがよしまさ)から始まり、現在にまで及ぶ国家を損なう害とは何か。それは、御殿や寺社の造営、庭園の築造、珍品奇物の収集と好事(こうず)などの「驕奢」(きょうしゃ=ぜいたく)のために巨額の金を費やすことで、その結果、「天下の財すでに尽きはて」た状態だという。足利義政がぜいたくを好んで国家の財を費やし士風を廃(すた)れさせた害が、二百数十年後の現在にまで及んでいる、というのである。

脳の誕生 背表紙
身体の知恵

脳の生後発達「3歳児神話」はウソである

研究者は「他の動物でも正しいことは、進化したヒトでもおそらく正しい」と信じて研究を行っています。逆に、生後の脳の発達に関しては、むしろヒトにおいて研究が進んでいる部分があります。

ヒトの脳の生後から思春期に至る発達過程において、シナプスや樹状突起の刈込みが確かに生じているであろうことを推測できる証拠があります。それは、経時的に撮影した脳の画像データに基づいています。

脳の病気のときに、大きなトンネルのような装置に入って脳の中を精査することがありますね。核磁気共鳴イメージング法(MRI)という方法で、頭蓋を開けずに脳の中の構造や神経活動の様子を調べることができます。17世紀のレンブラントの絵画に描かれたデイマン博士は、遺体の頭蓋を開いて脳を観察しましたが、現代ではいろいろな方法で、脳を取り出さないで調べることができるのです。

「対人不安」って何だろう? 背表紙
こころの知恵

対人不安が強い人には《強み》がある

対人不安のある人の方が人とうまくいく

不安が強いなどといったネガティブ気分が対人関係を良好に保つのに役立つというと、すぐには信じられないかもしれないが、そのことは心理学の実験で証明されている。

この種の研究で言われているのは、不安なときの慎重さが相手に対する配慮など対人関係上のメリットをもたらし、ポジティブ気分は無神経な接し方や強引な接し方につながりやすいということである。そう言われてみれば、なるほどと思えるのではないか。

心理学者のフォーガスは、不安などのネガティブ気分が多くの対人関係上の恩恵をもたらすことを実験によって証明している。つまり、ネガティブ気分の人の方が、ポジティブ気分の人よりも、用心深く配慮し、礼儀正しく、丁寧にかかわれることが示されたのだ。

儒教が支えた明治維新 背表紙
社会の知恵

なぜ、秀吉は大陸進出を狙ったのか

一五九二年(文禄元)、豊臣秀吉は十五万の大軍を送って朝鮮に進攻した。韓国では、この歳の干支によって壬辰倭乱と呼んでいる戦争である。

この戦争を、かつて日本では「太閤殿下の朝鮮征伐」と称していた。現在の歴史研究者の間では、この戦争は日本側の侵略行為だったとみなす傾向が強く、「朝鮮侵略」という表現が用いられることが多い。高等学校の日本史の授業でもそう教えられていたりする。すると、今度はこれを不快に感じる人士によって、「自虐史観だ」と批判されるようになっている。

同じ戦争のことを「征伐」と呼ぶか「侵略」と呼ぶかは、それに対してどういう評価(=価値判断)を下しているかの差異に対応している。歴史上の事件をなんと名付けるかは、歴史認識のうえで重要な問題である。歴史とは単に事実を解明するだけの営みではない。その事実を、人間社会の歩みの中でいかに評価し位置づけるかという学術でもある。戦争の場合、それが悪者を懲らしめる正義のための進攻なら「征伐」、利己的な加害行為なら「侵略」と呼ばれる。

秀吉の行為には先例があった。正確には、あったとされていた。神功皇后の三韓征伐である(新羅征伐ともいう)。『古事記』や『日本書紀』は以下のように伝える。両書は細部が異なるが、以下のあらすじは同じである。

英語教育の危機 背表紙
社会の知恵

「コミュニケーション重視」の英語教育が行き着いた先

日本人が英語を話せないのは学校教育が悪いからだ、という批判は多くの人々が共有しており、それが『英語教育の危機』の第1章でご紹介した英語教育改革の原動力となっている。ところが、今の学校英語教育は昔と同じではない。「話せるようになる」英語教育に様変わりしているのだ。もちろん、昔ながらの流儀で授業をしている英語教員がいないわけではないが、原則として、政府及び文部科学省(以下、文科省)による「コミュニケーション重視」の方針に従い、従来とはまったく違う英語教育が全国的に展開されている。

以下に、英語教育が今、どうなっているか、現状を紹介する。

「コミュニケーションに使える」英語教育への大変身

日本の英語教育は、1990年代から抜本的に方針が変わっている。英語を学ぶ目的は「コミュニケーション」であるとされ、「使える英語」を目指して、高校では「オーラル・コミュニケーション」という新しい科目が設けられ、ディスカッションやディベートなどが授業で盛んに行われるようになった。

社会の知恵

人口減少問題にみる原因と結果の混同

戦後70年の間に、わが国で起きたことのうちで、最も重大な社会変化は2009年をピークにして総人口が減少し始めたことだろう。この変化は政治・経済・文化の領域において、この上なく重要な意味を持っている。しかしそれは、長い時間の中での、緩やかな変化であるために、緊急の課題にはなりにくかった。

この緩慢な変化は、為替変動や、政変、あるいは天災などのように、すぐさま何か大きな異変をもたらすことはないかもしれない。しかし、向こう数十年あるいは1世紀以上の来るべき歴史は、この国の在り様を根本的に変えてしまうことになるだろう。つまり、わたしたちは、長く、緩慢な、しかし確実な文明史的転換点のただ中を生きている。そのことを、これから説明していきたいと思う。

本質的な変化とは、いつも緩慢なものであり、その内部に生きているものにとっては、その変化が何を意味しているのかがよく分からないものだ。そればかりか、変化そのものにさえ気がつかない場合が多い。多くの場合、変化の結果が作り出す断面だけを見て、「人口が減った」とか、「成長が鈍化した」とか言っているに過ぎない。

「文明の衝突」はなぜ起きたのか 背表紙
社会の知恵

テロに対する最高の報復とは、相手を殴り倒すことを拒否し手を握り合うこと

移民と犯罪は関係ない。移民を排除してもテロ対策にはならない。これが、事実なのだ。だからこそ、イスラム教とイスラム教過激派を安易に関連づけることは避けなければならないし、イスラム教過激派の問題とイスラム教系移民の問題は分けて考えなければならないのである。逆に、そうした混同こそが、状況を悪化させる要因の一つなのだ。

むしろ、二一世紀のヨーロッパ諸国は──もちろん人数にもよるが──移民を必要とするだろう。一九七〇年代とは違い、多くの先進国が少子高齢化の時代を迎えているからである。

実際、ドイツやベルギーは、移民なしでは人口が減ってしまうのだ。フランスにしても、二〇一〇年頃からの合計特殊出生率は約二・〇の水準を回復しているが、一九七五年頃から二〇〇五年頃までは少子化の時代であり、その埋め合わせには移民が必要なのである。そうでなければ、福祉社会を維持できない。

源氏物語の教え 背表紙
社会の知恵

セクハラの頻出する『源氏物語』の世界で、女子はどう振る舞うべきか

『源氏物語』には、とくに主人公の源氏の場合、当時のまともな恋や結婚の形というのがきわめて少ない。

平安貴族のまともな恋や結婚とは、まず男が、女房などの噂話から、これぞと思う女がいた場合、「垣間見」といって、あらかじめ先方の女の召使や乳母や母親と話をつけて、垣根のすき間などから女を覗き見させてもらう。女の側でも、あるていど容姿を知っておいてもらったほうが、セックスしてから別れを迎えるより傷が少ないので、垣間見用に垣根の穴などを用意していたほどだ。そうして「好みの女」となれば、男のほうから恋文を出す。一回くらい返事がなくても、めげずに文を送り続ける。女側でも、男の文面はもちろん、筆跡や紙、文の使いなどから相手のセンスを推しはかり、嫌ならそのまま返事を出さなければいいし、「結婚したい」と思えば、適度に返事を書く。それもはじめは代筆で、やがて自筆で返事を書く。男の身分が高い場合ははじめから自筆の場合もある。こうした文通を何か月か続け、はじめて男は女を訪ねる。

ほんとうの憲法 背表紙
社会の知恵

9条は「ならず者国家」を「平和国家」に作り替える規定だった

国際協調主義を謳う日本国憲法にとって国際法との調和は、必須事項である。憲法学の分野では、しばしば「憲法優越主義」を掲げて、あたかも憲法によって国際法を否定することも容易だと言わんばかりの議論がなされるときもある。だがそれは憲法の精神に反する態度であろう。日本国憲法は、国際協調主義にもとづき、憲法と国際法の調和を求めている。

それだけではない。素朴な視点で国際法と日本国憲法を見れば、1947年日本国憲法が、先に成立していた1945年国際連合憲章を後追い的に追認するものであったことが判明してくる。日本国憲法が世界最先端の画期的な平和主義を持っている、という日本の憲法学者が広めたロマン主義的な思い込みは、一度忘れ去ってみよう。むしろ満州事変などを通じて「敵国」が行った侵略行為に国際法が対応できなかった反省から、より包括的に「武力行使」一般を禁止するようになったのが、国連憲章2条4項であることを思い出してみよう。そうすれば、あたかも国際社会では戦争が自由に許されているが、日本国憲法だけが戦争を禁止しているかのように考えるのが、完全な誤りであることが見えてくるだろう。

日本国憲法制定当時、日本は独立国家ではなく、国連加盟国でもなかった。したがって憲法の条項を通じて、国連憲章の規定を守る法的枠組みを確立しておこうと憲法起草者が考えたとすれば、それは当然かつ合理的なことであったはずだ。国連憲章より後に成立したものでしかない日本国憲法が、国連憲章を追認する内容を持っていることを不思議に思うのは、単に日本人の国際的な歴史感覚の欠如による。

吉本隆明全集9 背表紙
社会の知恵

思想の賞味期限──尖端をいく言葉は短命で移ろいやすい

わたしたちはいま、たくさんの思想的な死語にかこまれて生きている。

〈プロレタリアート〉とか〈階級〉とかいう言葉は、すでにあまりつかわれなくなった。代りに〈社会主義体制と資本主義体制の平和的共存〉とか〈核戦争反対〉とかいう言葉が流布されている。言葉が失われてゆく痛覚もなしにたどってゆくこの推移は、思想の風流化として古くからわが国の思想的伝統につきまとっている。

当人たちもそれ(風流化していること)をよく知っていて、階級闘争と平和共存の課題の矛盾と同一性を発見するのだというような論理のつじつまあわせに打ちこんでいる。しかし、思想の言葉は論理のくみたてでは蘇生できるものではない。いま失われてゆくものは、根深い現実的な根拠をもっているのだ。

言葉が死語になるのは、語に責任があるのではなく、話し、書きとめているものと、それをうけとめるものに死が存在している象徴である。すると、わたしたちは、言葉を死の領域でしかあつかえなくなった多くの思想の、言葉を死の徴としてしかうけとれなくなった内在的な死に直面しているのだ。嘘だ嘘だとおもわずには、どんな言葉もうけとめられないし、話し、書いた瞬間から、言葉を嘘だとおもわずにはおられない失禁感があるとすれば、それがまぎれもなく思想の現状を占う深い資料になっている。

増補 エロマンガ・スタディーズ 背表紙
社会の知恵

なぜロリコン漫画はなくならないのか

罪という名の補助線

ロリコン漫画を見ていく時に、仮に「罪」という補助線を引いて見るとわかりやすい。そもそもロリコン漫画とは通常のエロ漫画以上に「いけないこと」をあえて描き/読み、「ロリコン者」を身振ることから始まっているからだ。

その上でなおかつ初期ロリコン漫画のイデア重視は「罪の意識」を回避するためだったと見ることもできるだろう。

性表現がどんなに解放されようともロリコン漫画は「罪を巡る物語」として読むことができる。いや、そうあり続けることがアイデンティティというケースさえあるだろう。これはあらゆるポルノ的な表現形式においてもいえることではなかろうか? セックスとエロスが禁忌の側面を持ち続ける以上、「罪」はいつまでもつきまとうのである。

パブリックスクールと日本の名門校
社会の知恵

有名進学校・麻布学園の「書かせる」教育

■麻布の反骨精神

2020年に大学入試が大きく変わるのはみなさんご存じのとおりだ。センター試験が新しく「大学入学共通テスト」に置き換わり、記述式の問題や英語に関しては民間試験の導入が検討されている。さらに大きな変更点は高校調査書のなかで生徒の主体性の評価が始まることである。教科の枠を超えた合教科型の試験も導入される予定だ。これらについては、教育関係者はもちろん保護者も関心が高いと思われるが、そもそもこの改革がどういった狙いで進められているかについての関心は、希薄になっているのではないだろうか。

表面的には、いまの大学入試はあまりに知識偏重で「思考力」「判断力」「表現力」が正しく評価されていないという問題がある。また、これからは主体性をもって多様な人々と協働することがますます重要になっていく。だから、選抜方法を変えることで、これらを伸ばしていこうというのが、改革の目的である。

しかし、もっと根深い問題がある。少しだけ筆者の考えを述べさせていただこう。

日本の覚醒のために 背表紙
こころの知恵

その仕事は誰かが引き受けなければならない

僕は、大江健三郎の小説を介して彼の名前を知ったときから、実際に彼の書いたものを読んだ20代のときからずっと、伊丹十三に惹かれてきました。ほかのさまざまなクリエイターや作家については、「ここが好きです」「こういう影響を受けました」ということがある程度言えるんですが、伊丹十三に関してはずっと言えなかったし、いまもうまく言えません。

「憧れている」のは確かです。でも、どこにどう「憧れている」のかは、よくわからない。それは、英語ができて、国際的なスターとしてハリウッドに進出したからとか、スパゲッティの食べ方を教えてくれたから、スポーツカーの運転の仕方を教えてくれたからとか、そういうレベルのことではない。そのたたずまいそのものの中に非常に純粋なものがある。高貴なものがある。そういう気がします。

たぶんいまの日本人が一番評価できないのは、人間の高貴さだと思います。「ノーブルである」という形容詞を僕たちはもうほとんど使いません。現代日本人が人を誉めるときに絶対に使わないような形容詞を持つ人物を、われわれはどうやって形容したらいいのか。

伊丹十三という人を見ると、僕は、「ノブレスの受難」というものを感じます。「デリカシーの受難」とか「善良なるものの受難」という言葉は僕らにもすぐに理解できます。それを主題にした物語もたくさんあります。われわれはそれには慣れています。

パラレルな知性 背表紙
こころの知恵

明日は今日よりもっとひどくなっているかもしれない社会で

これまで、原発事故をきっかけとする「専門家」への信頼の崩壊という現象についてわたしなりの考えを続けて書いてきた。専門家に何でもおまかせして安楽に暮らすそんな信頼の過剰な社会から、専門家は市民の声を十分聴き取らず、他方市民は専門家の言うことを何でもかんでも訝しむ、そんな相互不信の過剰な社会への激しい揺り戻し。いま、わたしたちの社会はそういう不安定な状況にある。

原発事故処理についていえば、いま世論は段階的な廃炉に向かって大きく動きだしているようにみえるが、それについても、そもそもが核廃棄物、さらには今回放射能に汚染された土や水の処分にはじまり、廃炉の作業プロセス、再生エネルギーによる発電技術の開発、東北の農業・漁業・産業の復興、被曝者の治療とケアまでふくめ、専門家の知見と技術なしにはありえないことである。それらはこれから、専門研究者・技術者を中心に、わたしたちの社会が長い時間をかけて取り組まなければならない重い課題である。

ところが一方で、「原子力工学」を志望する学生が、今後急激に減ることが予想されている。これらの課題を担う次世代の専門研究者・技術者の養成に赤信号が点っているのである。そしてその背景にはさらに、工学部志望の学生数が目減りしているという現象もある。

高度成長期から高度消費社会に向けて社会が疾走しているとき、工学部は大学のなかでもとりわけ威勢のよい学部・研究科であって、この間拡張に拡張を重ねてきた。若い人たちは、産業界から提供されるまずは便利な、次に「かっこいい」製品に眼を輝かせ、いずれそれを創る側に回ることを夢とする学生も多かった。

陸軍中野学校 背表紙
社会の知恵

大陸で暗躍した中野学校出身者と中国人女性スパイ

日本軍は桂林では、作戦前に女性スパイを米空軍基地周辺に投入して、B29の日本爆撃の情報を事前に入手していた。中野出の鈴木泰隆(3乙)は1944年末から45年にかけ香港興亜機関に派遣された。この機関の仕事はこの頃、諜報一本に絞られ、重慶、昆明、貴陽、桂林などに固定のスパイを配置し、奥地に潜入するスパイも派遣していたという。そのようにして軍や政治の情報をさぐった。その頃強化されつつあったビルマ方面の援蔣ルートや、サイパンと桂林を発進基地として跳梁し始めたB29の移動情報をさぐった。彼はこの工作を「私の大陸諜報戦記」として戦後公表した。*1

これは、私の赴任前のことだが、桂林の米軍将校クラブに潜入させてあった固定諜者(女性)からの的確なB29の移動情報が、日本軍の桂林占領によって、以後、ぷっつりと途絶えてしまったのは、なんとも皮肉な結果だった。

ちなみに、この情報の伝達ルートは、暗号を秘密インキで認(したため)たものを、桂林―澳門(マカオ)の定期航空便の操縦士(前記女性スパイの兄)が、澳門まで持って来て、それをまたすぐ香港へ転送する、といった手順になっていた。

市内各所のビルに、それぞれ数カ所の部屋を借り、架空の標札をかけ、それぞれの諜者たちとの連絡場所にあてていた。連絡は、きわめて隠密を要した。当の諜者たちにとって、日本軍のために働くのは、まさに命がけだったからだ。

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自分の時間を持つことは幸福なのか 狩猟採集民の思想に学ぶ

†自然観の違い

尾本 文明は古くは約1万年前から始まり、最近になってようやく土地に関する法律などが整備されました。例えば18世紀にオーストラリアに渡った英国人は、ここは「無主の地」(テラ・ヌリウス)なのですべての土地はヴィクトリア女王に所属すると言って、先住民アボリジニから土地を奪います。アボリジニにしてみれば「土地は個人が所有するものではなく、みんなで利用するものだ」と考えている。彼らに現代の法律を押し付けるというのは、時代錯誤と人権侵害の最たるものです。

狩猟採集民と農耕民では、現代文明に親しんだ時間の長さが違っており、前者はそれが極めて短い。それにもかかわらず両者を同じスタートラインに並ばせ、一斉に走らせるというのはフェアでない。不公平です。

山極 もちろん歴史が違うということもありますが、両者ではそもそも文化が違うと思うんです。これはコミュニケーションの問題とも関係してきます。まず、狩猟採集民と農耕民では自然観が違う。狩猟採集民は移動生活を前提としていて、土地を所有しない。自然界のものに手を加えずにそれを自分たちの食料とし、自らの手で食物になるものを栽培しない。

定本 後藤田正晴 背表紙
社会の知恵

保守が「自衛隊の武力行使」に絶対反対する理由

平成二年の暮れに、後藤田は、日本は国際的環境のなかで何もしないというわけではない、だが問題はその手段にある、軍事での協力は一切すべきでない、と説いた。当時の後藤田の発言は、論理が一貫していた。たとえば、次のような意見を吐いた。

「よく憲法を守りさえすれば国はなくなってもいいのか、とそんな愚かな議論を持ちだす人がおるんだな。そうじゃないんで、憲法というのはもちろん国のためにある。しかし現在、国の将来を考えた場合、やはりいまの憲法で定まっている平和主義を守っていくことが、これから先の日本にとっても、国民にとっても、賢明な道ではないか、と考えている」

「軍事力を強化することによって、それが強国のあらわれだなんていう考え方は、かえって逆なんじゃないか。武力を持っている国が、現在でも強国ですよ。その意味においては日本は強国じゃない。だけど、その強国への道が武力だけであったという時代は、もうだんだん変わってきているのではないか。経済力というものが大きな力になってきつつある。そのへんの変化もやっぱりみなきゃいけないんじゃないか」

「国連協力といっても、平和主義に立つ日本の国是をきちんと守ったうえで最大限やればいい。そうなると、むしろ私が言いたいのは、国連の平和維持活動(PKO)への参加ですね。これなら人も物も金も出したらいい」