吉原の江戸川柳はおもしろい 背表紙
社会の知恵

江戸時代は、こんな男がモテていた

今年は、最初の吉原が日本橋にできて400年、さらに古川柳の生みの親・柄井川柳が生まれて300年にあたる。艶っぽさと強欲が渦巻く吉原。その男女の機微を見事に切り取った古川柳に、「ニヤリ」とさせられる。

◎もてる男は“痛かった”

江戸の男たちは、吉原が大好きでした。その大好きな吉原のあれこれを、川柳作家たちが、どうでもいいことを細かく観察したり、いろいろデフォルメしたり、時には「もしこんなことがあったら面白いよなあ」と想像を膨らませたりしながら、可笑しい句に作り上げてくれました。

たとえば、もてる奴はこんな風だったようです。

もてたやつ夜中おいていていを言い 一一30

つねるのは愛情の表現です。一晩中あちこちつねられて、「おお痛え痛え」を連発するのです。

焼け煙管みだりに女郎おっつける 一四25

また、煙草の火で雁首が熱くなった煙管を押しつけるのも、遊女の媚態の一つのようです。何とも不思議なテクニックですので、「それ、本当にもてているの」とお疑いの向きもあろうかと思いますが、

あざや火傷へ湯のしみるもてた朝 一〇三9

という句があり、つねられたアザや焼け煙管の火傷は「もてた証拠」だと、はっきり言っていますので、そういうことなのでしょう。

もちろん、アザや火傷ではない楽しい世界を満喫するのは当然です。

小便に行くと太腿ゆるめさせ 桜20

一般の男女の句ともとれますが、やはり落語『明烏』の場面が連想されます。遊女が客の足に太腿を絡めて離さないのを、「小便に行くから、ちょっとゆるめてくれ」と言っているのです。

遠州灘を乗るようなもてた晩 一三二11

これは説明不要でしょう。蒲団が大きく揺れるのです。

英語原典で読む経済学史 背表紙
社会の知恵

英語×経済=自信!

大学生やビジネスパーソンのあいだで往年の受験参考書、原仙作『英文標準問題精講』(中原道喜補訂、旺文社、初版1933年)が人気を集めているという。「使えるエイゴ、話せるエイゴ」に回収されない英語熱はいまだに、いやかえって強まっている。

アダム・スミス(1723-90)は、しばしば、「経済学の父」と呼ばれています。彼の著書『国富論』(1776 年)は、カール・マルクスの『資本論』やJ.M. ケインズの『雇用・利子および貨幣の一般理論』とともに、経済学の三大古典といってよいほど有名なので、スミスのことはほとんど何も知らなくても、『国富論』やその中に出てくる「見えざる手」という言葉くらいは聞いたことがある人も多いのではないでしょうか。

スミスは18 世紀のスコットランドに生まれているので、彼が書いた英文は、当然ながら、現代のものよりもやや古い感じを与えます。もうずいぶん前、経営管理や組織論を研究していた教授と話す機会がありましたが、経済学史の話になったとき、唐突に「スミスの英文は読めたものではない」とはき捨てるように言われたので、ちょっと驚いたことがありました。学生時代にスミスの『国富論』を原典で読まされた授業が面白くなかったのか、古風な英文には反感をもっておられるようでした。

はじめての明治史 背表紙
社会の知恵

今、なぜ明治史を学ぶのか

日本近代史の中でも明治時代を考えることで何が見えてくるのか。明治とはどんな時代だったのか。明治史に起きた稀有な変化の数々から近代日本の原点を探る。

歴史を細かく「なんとか史」と分けていく場合、まずは地域で割るのが普通です。東洋史とか西洋史、フランス史とか日本史といったものです。さらにそれを政治史や経済史などと区分することもあります。分野ないし領域の歴史で、文化史は覚えることが多いから苦手だとか、そんな話をしたことのある人もいるでしょう。これに対して、古代史、中世史、近世史……といった時代ごとの歴史もあります。これらはいろいろと組み合わせることができて、たとえば、○○先生の専門は日本近代政治史だ、と言ったりします。

明治史というのは、そうしたものとの関係で言えば、日本近代史という「地域+時代」による歴史の、さらにそのうちの明治という元号だった時期の歴史であると言って、大きな誤りはないでしょう。明治史と近代史とでは、対象とする時期の長さ、普通は明治の方が近代より短いと考えますが、そうした違いがあるほか、近代はいつからいつまでと考えるか諸説あるのに、明治の始まりと終わりは明確であるといった違いなどもあります。明治のはじまった年を西暦で言うと1868年、その最後の明治45年は1912年ですので、その間の45年ほどの歴史ということになります。

異教の隣人 背表紙
こころの知恵

これからのコミュニティーで宗教が果たす役割

東日本大震災で、地域コミュニティーの大切さを痛感した私たち。「結びつける」「つなげる」を本質とする宗教の力が、過酷な状況でも人に生きる力をあたえる。日本に住む外国人たちにとっても、さまざまな宗教儀礼は生きるうえでの原動力にもなっている。

●2つの時間軸、「クロノス」と「カイロス」

神学者であり哲学者であるパウル・ティリッヒは、時間を「クロノス」と「カイロス」に分けて考察しています。両方ともギリシャ神話に出てくる神の名前です。ティリッヒの分類で言えば、クロノスは物理的・客観的な時間のことであり、カイロスは主観的・体験的な時間を指します。それを援用して、宗教的時間について考えてみましょう。

現代人はかなりクロノスを有効活用しています。かつては数日かかった移動距離を、数十分で到達することができます。以前は何時間も必要だった計算を、瞬間で終わらせることもできるようになりました。日が暮れたらもう仕事ができなかった時代に比べれば、かなり一日を長く使うことができます。2時間も3時間も必要だった食事やお風呂の準備も、それほど手間をかけずに実行できます。ですから、現代人はひと昔前よりもずっと時間があまってしかるべきなんですよね。でも、あきらかに現代人の方が忙しくなっている。時間に余裕がない。あらためて考えてみれば、おかしな話ではありませんか。これは主観的な時間であるカイロスが委縮しているからだと思います。いくら物理的な時間のクロノスの余剰があっても、カイロスが縮めば忙しくてイライラして、しんどくなってしまうのです。

いい家をつくるために、考えなければならないこと 背表紙
社会の知恵

家づくりで理解されていない「設計者」の大切さ

依頼すると「費用がかかる」と思われるがちな設計者だが、実はいい家をつくるには欠かせない存在。たんなるデザイナーではなく、コストを下げるのも設計者の仕事だという。設計の実態と設計者の役割を紹介する。

家は設計者で決まる

家をつくろうと思い立った時、現代ではその選択肢がだいぶ広がったとはいえ、いまだ大半の人がまずハウスメーカーの展示場を回るようです。しかし、あの世界の住宅にどうもなじまない、という人はどうするか──。

「いい工務店はないか?」
「どこかに、いい大工さんはいないか?」

と、こんな風に考えるようです。しかし、すでにこの第一歩に問題があるのです。
確かに、いい工務店、優れた大工さんに出会うことは最終的には大事なことですが、ひとっ飛びにこの選択をして、果たして魅力のある家にたどり着けるかどうか──。しっかり加工し、しっかり削り、しっかり組むことはできても、それだけで魅力的な家が生まれる訳ではありません。

チベット仏教入門 背表紙
こころの知恵

なぜ世界でチベットの教えが関心を持たれているのか?

チベットの仏教はいま世界で広く注目され、実践されています。瞑想によって物の見方を変えることで苦しみから解放される、という伝統的な仏教の考えにあらためて光が当てられているのです。

†ダライ・ラマ法王

ダライ・ラマ法王は、ノーベル平和賞(1989年)受賞者で、世界でもっとも有名な仏教僧でしょう。初対面の人ともすぐうちとけ、誰に対しても分け隔てすることなく、いつも顔をくしゃくしゃにして笑っている。まるで子供がそのまま大人になったような天真爛漫なお人柄、と評されることが多いですが、ご自身では、もし仏教がなかったら、睡眠薬なしに眠ることはできないと語っておられます。

人間の幸福と苦悩は、何度もいいますが、第一には本人の思考様式、すなわち考え方・心構えによって決まります。たとえば、私たちチベット人は国を失って、難民になりました。……私はときどき、“もしダライ・ラマが頼るべきダルマの理解を少しももっていなかったならば、いまごろはもう、私は睡眠薬を飲まずには眠れなくなっていることでしょう”といって、人々と冗談を交わすのです。しかし、私は睡眠薬なしで元気にやっています。たとえ私がまだ何も悟ってはいないとしても、仏陀の教えに対するささやかな理解は、絶望的な日々のなかにあっても、たいへんな助けになるのです。(『ダライ・ラマ 他者と共に生きる』春秋社)

「10%消費税」が日本経済を破壊する 背表紙
社会の知恵

1億円を超える高額所得者の「所得税負担率」が低くなる理由

2019年10月に予定されている10%への消費増税。それへの反対論に対して持ち出されるのが「代替財源」の問題。しかし、法人税増税、金融所得課税など消費税以外の税制の整備によって、代替財源の問題は解決できる。

消費増税を凍結すれば、消費税以外のどの項目で増税するのか、という議論が(好むと好まざるとにかかわらず)俄然、注目を集めることとなる。そもそも、消費税は、「消費に対する罰金」としての機能を持ち、かつ消費こそが日本経済の最大のエンジンなのだから、経済に対する破壊的インパクトは尋常ならざるものである──というのが、本書の最大のメッセージであった。そして、上記に述べたように、消費税は経済を停滞させるだけでなく、貧富の別を無視して全員から一律に税を取り立てることから「格差を拡大」させるというデメリットまである。

なおそれにもかかわらず、消費税が財務当局に好まれてきたのは、その税収が、法人税のように景気の影響を受けず、「安定」的に得られるからである──それ故、消費税はしばしば「安定財源」と呼ばれている。しかし、「安定」というメリットが仮にあるのだとしても、税率を上げれば上げるほどに景気が停滞して総税収が減っていくのなら、デメリットの方が遥かに大きくなるのは、言うまでもない。

こうした点を踏まえるなら、「増税する」ということを考える場合には、消費税を回避することが何よりも必要だという結論にならざるを得ないのだが、それ「以外」の税項目ならその「増税」は十分に考慮の対象とすることができよう。

月夜に傘をさした話 背表紙
こころの知恵

蘇るモダニスト、マサオカ・イルル!!

神田の生まれで明治・大正・昭和を駆け抜けた作家にして、大衆芸能評論家が描く、かくも太(はなは)だしきモダン東京。その男の人生と作品の魅力とは?

正岡容(1904〜58)の作品世界について次の三つの期間に注目したい。第一が習作の時代(1920〜23頃)、第二が芥川龍之介による「称揚」後の、新進作家から流行作家、大衆読み物作家へと変貌をとげた時代(1923〜36頃)、そして戦中を挟み、第三が永井荷風との出会から大衆芸能研究者としての色彩を強めた時代(1946〜58頃)である。

第一期の特徴は濃厚な〈感傷性〉である。作家としての正岡容を取り上げた文章に、SF作家の今日泊亜蘭の「結晶しなかったディレッタント」(「大衆文学研究」21号 1967)がある。長編『影絵は踊る』(新作社 1923)に焦点を当てたものだが、否定的な論調のもと、文芸志向の強かった初期の作品世界が、なぜ発展成長することなく終わったのかを述べたものだ。今日泊が指摘した正岡作品の中心点の喪失は、作家本人の熱しやすく冷めやすい性格に依るものだろう。その移り気な性格は作品にも現れている。また今日泊は、実父である画家の水島爾保布のもとで、正岡が落語会を開いていたことも記している。

第二期の正岡容は、まずは稲垣足穂と並ぶモダニズム文学の旗手の一人として捉えられる。江戸情緒とモダニズムの混ざり合う独特な作風が特徴のエンタメ作家といえよう。新進作家としての文壇への道を拓いたのは、芥川龍之介による「江戸再来記」(「文藝春秋」1923・4)の「称揚」である。正岡著『荷風前後』(好江書房 1948)の「芥川さん」より引く。

決定版 天ぷらにソースをかけますか? 背表紙
社会の知恵

関西人はほんとうに納豆が嫌いなのか

納豆が好きか嫌いかインターネットを使って読者アンケートを行ったところ、大阪府の71%の人が大好き・まあ好きと答えた。関西人=納豆嫌いの「常識」が覆された形だ。そうであれば、関西圏には潜在的な納豆需要があるはず! ビジネスチャンスは、常識を疑うところから生まれるのかもしれない。

秋田についてはミルフォードさんからいただいた次のメールで「納豆に砂糖」地帯であることが裏付けられる。

「以前、某テレビ局の番組で納豆をとりあげていたときに、女性アナウンサーと女性雑誌編集者(どちらも秋田県横手市出身)が「子どものころ、納豆に砂糖をかけていたよね……」という話題を提供していました。横手市内の近くには「納豆発祥の地」といわれる石碑もあり、この辺りは納豆フリークにとっては「聖地」です。秋田- 山形- 福島辺りを個人的に「納豆銀座」と呼んでおり、昨年、車で縦断しながらスーパーの納豆売り場をひたすらチェックしていったのですが、町ごとに独自の納豆(赤いパッケージに白抜きの字が代表的)が根付いており、感銘を受けました」。

暗殺者教国 背表紙
社会の知恵

暗殺者教国ニザリとセルジューク・トルコ族の攻防

暗殺を政治手段とするニザリ・イスマイリ教国。山の長老ハサン・イ・サバ―を国主とし、10世紀末から13世紀央まで実在したこの王国は、世界一の強大国モンゴル帝国とも敵対した。その異様な活動原理は何だったのか?

ニザリ暗殺団がその猛威をふるいはじめた1100年ころには、セルジューク勢力はまだ健在であった。しかしスルタン・マリックシャーが死に、セルジューク軍隊が分裂すると、その将領たちは、おたがいの間で単に自己の勢力拡張のために、全く意味も、目的もない戦いに耽り出したのである。

ニザリ教団はこの虚に乗じて、一方では自らエジプトのファーティマ王朝と分離し、他方では西アジア、中央アジアに幾多の根拠地を獲得し、あるいは要衝を奪取した。このようなニザリ教団の攻勢に対し、マリックシャーの後継者をめぐる紛争、セルジューク領主たちの勢力争いは、さらにニザリ派の跳梁に好機会を与えるに過ぎなかった。