ゲノム編集の光と闇 背表紙
身体の知恵

中国で誕生が確認された「ゲノム編集ベビー」いったい何が問題なのか

「中国の研究者がゲノム編集した受精卵から子どもを誕生させたと主張」──2018年11月26日、科学界を揺るがす衝撃のニュースが報道されました。その2日後、香港で開催中の国際会議に件の研究者・賀建奎が登壇しました。後日、生まれた双子の存在を中国当局が確認したことも報道されています。生命の設計図をやすやすと操作して双子を誕生させた、というこの出来事の問題点はどこにあるのでしょうか。

†HIVの感染防止というが……

香港の国際会議で賀建奎が語った内容は、おおむね次のようなものだった。

ゲノム編集のターゲットとしたのは、エイズウイルス(HIV)の感染に関係するCCR5遺伝子だ。CCR5はHIVが細胞に感染する時の「入口」になる受容体たんぱく質で、この遺伝子に変異があるとHIVが感染できなくなる。

賀はクリスパーを使い、マウスを使った実験や、サルを人間のモデルとして使った実験、シャーレの中でのヒト受精胚実験やヒトES細胞を使った実験を行い、最終的に臨床応用したという。

翻訳 訳すことのストラテジー 背表紙
こころの知恵

グーグル翻訳があれば外国語学習はもう必要ない?

機械翻訳が便利な道具としてどんどん使われるようになっているいま、外国語をきちんと勉強する必要をだれも感じなくなるのではと危惧する人もいるかもしれません。でも、機械翻訳は、言語どうしの差異をあらためて教えてくれるものでもあります。わたしたちは機械翻訳を通じて、完全な等価物になりえないそれぞれの言語のちがいをより意識し、そこに楽しみを見いだしたり、新しい表現の可能性を探ったりできるようになったとも考えられないでしょうか。

翻訳とはある言語から別の言語に、というシンプルなものではない。それはつねに、ある言語の部分集合から別の言語の部分集合への動きなのだ。たんにフランス語から英語にうつすのではなく、フランス語でのファッションの会話から英語でのファッションの会話にうつすのだ。あらゆる会話が以前の会話の部分部分を並び替えたものなら、この言語の部分集合の中で、どんな語やフレーズがあらわれやすいかをあらかじめ想定することができる。国連の通訳がまさにそうだ。言語を使うということは驚くほど、先行する言語の使い方のまねなのだ。そして翻訳という行為には、すでにどこかで訳された内容の再翻訳がつきものなのだ。この知見は、コンピュータ翻訳にとって画期的だった。〔……〕

未開社会における性と抑圧 背表紙
社会の知恵

そこから文化が始まった大きなできごと

フロイトの理論は、それまでの西欧的知に巨大な衝撃を与えた。その影響は人類学にも及び、本書の著者マリノフスキーは精神分析と社会科学を協働させ、人類史研究の新しい可能性の開拓を目指した。

トーテミズムとタブー、外婚制と供犠の劇的なはじまりに関するフロイトの理論は、精神分析の立場から人類学について述べた著作のうちでも、きわめて重要なものである。それはこのエッセーのように、人類学上の発見に、精神分析の視点を合致させようと試みているエッセーにおいては素通りすることのできないものなのだ。こういうわけなので、われわれは、その理論をこまかく批判的に分析するこの機会をのがすまい。

彼の著書、『トーテムとタブー』で、フロイトは、エディプス・コンプレックスの観念が、トーテミズム、義母を避けること、祖先崇拝、近親相姦の禁制、人間とトーテム動物との同一視、父なる神という観念などを説明するのに、いかに役立つかを示している。実際、エディプス・コンプレックスは、われわれが知っているように、精神分析学者たちによって文化の源泉、文化の発生以前に生じたものと考えられているのであるが、この本のなかでフロイトは、それがいかにして生じたかという仮説を綿密に述べている。

京都思想逍遥 背表紙
こころの知恵

諸行無常の悲哀を追体験する

京都を逍遥するとは、権力者がつくりあげた秩序正しい「歴史」に抗い、破砕することなのだ──。源氏物語から道元、世阿弥、西田幾多郎、三島由紀夫まで、時を超え思考の足跡を辿り、その魂と交響する。

1 悲哀する京都

†悲哀のみやこ

京都という都市を、「悲哀するひとびとの記憶の集積したまち」としてとらえてみよう。千二百年以上の時間の堆積のなかで、どれだけたくさんの悲哀が、このまちで繰りひろげられたか。それを思えば、気が遠くなりかける。

坂上田村麻呂に東北から平安京に連れてこられ、河内国で殺された蝦夷の阿弖流為と母礼。源氏と平氏の激烈な角逐の悲史。三条河原で処刑された豊臣秀次の家族たち。六条河原で殉教したキリシタンたち。天皇から最底辺の民衆まで、悲哀する人間たちの絢爛たる絵模様が、このまちにはある。

言葉の贈り物 背表紙
こころの知恵

本は読まなくてもいい

わたしたちは、「本は読まなければならない」「読まなければ意味がない」と思い込んでいます。しかし、批評家・若松英輔さんは、そうではない、と言います。それは一体、なぜでしょうか。

二〇一二年に父が亡くなった。とにかく本が好きな人で、読むことを楽しむのはもちろん、買うことにも強い熱情を持ち続けた。郷里の家には今も、じつに多くの書物が整然と並んでいる。

熱情というのは比喩ではない。彼は晩年、目が悪くなり活字を追うのに不自由を感じるようになっても、本を買う勢いは止まらなかった。

ほとんど本を読めなくなってからも父は、毎月数万円分の本を買っていた。私を含め、兄弟三人で毎月仕送りをしていたくらいなので、家計に余裕があったわけではない。むしろ、少し節約をしなければならない状況であることも父は知っていたのである。

殿山泰司ベスト・エッセイ 背表紙
社会の知恵

ヘンな国だねニッポンは。

1963年、自衛隊の「三矢研究」が発覚、1965年には筑豊炭田で爆発事故がありました。映画やドラマで独特の存在感を見せつけた名優・殿山泰司が、ユーモアを交えつつ憂うニッポンの政治や国のありようは、今の日本にも通じています。

それにしても戦争はイヤだなあ。

ベトナムの風雲が急を告げる時、ニッポンの国会では“三矢研究”なるものが、社会党の代議士からバクロされ問題になっている。

この“三矢研究”というのは、北朝鮮と中共の軍隊が38度線を突破して韓国に全面攻撃をかけてきた場合、直接侵略の危機にさらされたニッポンはどうするか。それに対して、防衛庁内部で作成された計画書なんだそうである。

三矢ナントカ、サンヤだかミツヤだか知らねえけどよ。防衛庁のだね、いいオトナがきっと何人か集まって作ったんだろうけど、ようこんなアホな研究しよったな。アキレ返ってモノもいえんわ。

戦場体験者 背表紙
社会の知恵

戦場体験を語らずに死んでいいのか…、焼却された記録文書

平成日本は戦争のない時代でした。しかし、戦場から帰還した人は過酷な体験を抱え、苦しい日常生活を送りました。戦争トラウマという言葉があります。保阪正康氏はその言葉が知られる前から4000人に及ぶ将兵から聞き取りを行ないました。その一端をご紹介します。

末端の兵士の苦しみ

戦場での苛酷な記憶を持つ者は、日本に戻ってから生活者として家庭を持ち、日々の安寧の中に身を置くと、その次に必ず「自分の一生はこれでいいのか。あの戦場体験の苛酷な思いを語り継がずに死んでいいのか」と自問自答するようになる。私はこれまで延べにして四千人近くの人に会って、戦争体験を聞いてきた。そのなかで戦場体験を克明に語ってくれた元兵士は五百人ほどでしかないが、彼らは必ず誰かに自らの体験を語って死にたいとの思いを持っていることに気づかされる。

なぜだろうか。私の体験では彼らの心底には、「良心」ともいうべき核があり、どれほど日々の生活の中で抑えていたとしても、あるいは忘却という意識で潜在化させていても、それは老いの日々の中に必ず復元されてくるものだ。戦争などすべきではない、戦場に赴いた兵士はどれだけ生涯にわたって傷つくか、そのことを私は教訓とすべきだと考えている。『菊と日本刀』の著者は次のように書かれているので引用しておくことにしたい。

大衆の反逆 背表紙
社会の知恵

ポピュリズムに揺れる現代が、百年前と重なる

真のデモクラシーが終焉し、大衆が跋扈する世界に、全体主義の影が忍び寄る……これは百年前の話なのか?

ことの善し悪しはともかく、今日のヨーロッパの社会生活において最も重要な一つの事実がある。それは、大衆が完全な社会的権力の座に上ったことである。大衆はその本質上、自分自身の存在を指導することもできなければ、また指導すべきでもなく、いわんや社会を支配するなどおよびもつかないことである。したがってこの事実は、ヨーロッパが今や民族、国家、文化の直面しうる最大の危機に見舞われていることを意味している。こうした危機は、歴史上すでに一度ならず襲来しており、その様相や、それがひきおこす結果は周知のところで、その名称も知られている。つまりそれは、大衆の反逆と呼ばれている。

都市空間の明治維新 背表紙
社会の知恵

『東京』遷都は歴史的必然ではなかった!?

明治維新が起こったとき、実は江戸が「東京」となり首都となることは必然ではありませんでした。当時、どのようなプロセスで「東京」となったのか? 『都市空間の明治維新』(ちくま新書)より、その意外な事実を紹介します。

「単頭・中央集権国家」の首都へ

近現代の日本の首都である東京は、近世武家政権・徳川幕府の拠点だった江戸を基盤に成立した。

日本列島のなかで地理的にはほぼ同じ一帯が、じつに400年あまりの長きにわたって政治権力の中枢都市としての地位を占めてきたことになる。たとえば現在の国道1号線は近世初頭に整備された東海道を踏襲したものであるように、道路や掘割の配置、また宅地形状といった物理的な側面において、江戸と東京(とくに中心部)は連続している(陣内秀信『東京の空間人類学』筑摩書房、1985年)。

しかしながら、江戸と東京のあいだには、見過ごせない質的な違いや断絶があることも確かだ。

終末論の系譜 背表紙
こころの知恵

黙示思想と「神の国」──イエスがユダヤ教から受け継いだもの

「神の国」はすでに天上の祝宴として実現していて、今やそこから地上に向って下降し始めている──イエスが持っていた「神の国」のイメージを探る。

イエスは「神の国」を宣べ伝えるに当たって、一体どのような伝承に依拠したのだろうか。「神の国」は全くのイエスの独創、文字どおり「無からの創造」であったのか。もちろん、「神の国」の究極的な意味あるいは本質については、イエスが初めてそれを「見つけた」ということが、あり得るに違いない。その意味あるいは本質を現代人にも分かる言葉で取り出すことは重要な課題である。しかし、イエスがそれを同時代人にどのような言葉とイメージで語っていったかは、それとは区別して考えられるべき重要な問いである。そしてイエスの使うそのイメージの多くが初期ユダヤ教の中の特定の系譜、すなわち古代末期のユダヤ教研究の大御所P.シェーファーの言う「上昇の黙示録」の系譜に見られるイメージ群と重なっているのである。

研究上「ユダヤ教黙示思想」あるいは「ユダヤ教黙示文学」と総称される終末論は一義的な定義が実にむずかしい。「ユダヤ教黙示文学」と聞いて、多少とも事情に通じた人なら、たとえば『エチオピア語エノク書』、『第四エズラ記』(『エズラ記〈ラテン語〉』)、『シリア語バルク黙示録』などを想起するであろう。内容としては、主人公が夢や幻の中で、人類と宇宙万物の成り立ちと歴史、堕落と現状、来るべき審判と天地万物の更新の秘密を啓示されることを考えるのが普通であろう。たしかに、このタイプの終末論は歴然と存在する。