社会の知恵

「モンゴルと中国」「フン族とローマ」野蛮だったのははたしてどちらか。

かつて中央ユーラシアの歴史を支配したスキュタイと匈奴、フン、テュルク、チベット、モンゴル、ジューンガル、満洲などの人々と彼らの子孫は世界の歴史意識から長いこと消えている。現在、いくつかの民族は近代のヨーロッパ型国民国家の中でしばしば異なる名称を持って再び現れたが、ほとんど全ての場合実権は奪われている。我々には少なくとも──かつての中央ユーラシア人に何が起ったのか──、と尋ねる権利がある。不当な言い方をすれば、──全ての「バルバロイ」に何が起ったのか──という問いである。

中央ユーラシアについて書かれた歴史は、ヘーロドトスから現代に至るまで、ステレオタイプ、昔からある概念、そして強い偏見に支配されてきた。この問題は究極的には「バルバロイ」という考えが発達して、世界の人々と文化を良いものと悪いものに分けるようになったことにさかのぼる。こう述べただけではもちろん不充分なので、ここでは、そのレトリック、そして中央ユーラシア(特に牧畜・遊牧の生活様式を持つ人々によって形成され統治された帝国)について議論するときに現れがちな論拠の主なものの一部について分析する。

牧畜・遊牧民によって支配された中央ユーラシア諸国家とそうでない周辺諸国家の間の根本的な違いは、前者が草原地帯に住んでいたことであった。草原は馬の生息地で、ユーラシアにおける最良の牧地であった。牧畜・遊牧民は馬のいる環境で馬に乗って育った。彼らは機動性が高く、短時間で遠距離を簡単に移動することができた。彼らはまた複合弓を使って家畜の群れを守ることや狩りをすることも学んだので、すでに戦争で役に立つ技術をある程度持っていた。このようなことはみなよく知られており、疑いのない事実である。しかし、「環境の特徴と結びついた身体的・精神的特性」という古代および中世の考え方に基づいた自然戦士説ではさらに進んで、草原の気候が厳しいので中央ユーラシア人は乗馬や弓にたけているだけでなく、屈強で勇敢で慈悲の心がなく好戦的で、かなりの程度「定住国家の武装貴族・武装農民より優れている」というのである。古代・中世の気候と気質についての説などはそのステレオタイプが疑問視されて、もはやまともに扱われないが、自然戦士説にはさらに深刻な問題がある。この一見何でもない特徴付けは、単に二千五百年前の「バルバロイ」という考え方を浄化し、軽蔑的ニュアンスをなくし、近代的にしたものにすぎないのである。

通常、中央ユーラシア人は、武力侵略を行い、非情な残酷さを持ち、一般的に暴力を好むと仮定され、非難されている。結局のところ、それが「バルバロイ」という考え方の中核となっているのである。中央ユーラシアについて書かれたもののほとんどにおいて、支配者は残忍な大虐殺や残酷な殺人などを行なって初めて権力を握ることができると記されている。草原の帝国は、遊牧民族形成の中の激しく長期にわたる闘争「いわゆる流血の後継者選定」によって形成された。中央ユーラシアの支配者たちがこういったことを含めて多くの場合において多数の死者を出した張本人であったことは否定できない。しかし、これもまた全体的な視野で見なければならない。中国、ペルシャ、ギリシャ・ローマの歴史上の帝国や王朝もすべて全く同じように長期にわたる流血を伴う反逆の内乱を経て形成されたのである。帝国建設のあと、どちらの側の帝国もその「最も偉大な」支配者は、ほとんどの場合、まず初めに英雄を攻略する。つまり、ライバルや敵を殺した。それは自らの手で行うこともあった。そして、その次に、優れた行政官を殺した。ヨーロッパで最も有名な帝国建設者であるローマ人は、「慈悲のない政治を行なった、もしくは他民族や奴隷に対して頻繁に残虐行為を行なったという点」で「道徳的に言えば、バルバロイと同じかそれより悪いくらいである」。「偉大なる」王国はみな「進化した」霊長類社会一般が作られているのと同じ原理、すなわち、群れを支配する雄を頂点とした階層制に基づいてできていたし、できている。従って、この点について中央ユーラシア人だけを取り上げる理由はない。

それにもかかわらず、アッティラ、チンギス、タメルランの流血の勝利は未だに厳しく非難されているが、ギリシャ・ローマ、ペルシャ、中国の皇帝の同程度の流血の勝利は過去・現在の歴史学者によって熱い意欲によるものとされている。中央ユーラシア以外の歴史学者は古代から現代まで自身の先祖の残忍な行為とたゆまぬ武力侵略が目に入っていない。いちばん有名な、ないし悪名高い例であるローマ人は非難の対象となっているが、それは奴隷を残忍に扱い、非常に多くの人を一般向けの娯楽のためにひどいやり方で痛めつけて殺したからではなく、彼らが痛めつけて殺した者の中にキリスト教徒が混じっていたからである。古代と中世の史料は、古代の「文明の高い」文化による武力侵略、裏切り行為、制度化された残虐行為の程度を明らかにしているが、現代の歴史学者はそれらの人々が中央ユーラシア人に勝利した事柄に対して彼らをたたえ続け、代わりに中央ユーラシア人を暴力的で残忍だと非難する。確かに、中央ユーラシア人が互いに、また周辺民族に対して行なった残忍な行為もたくさんあるが、この上ない残忍さと慈悲のない攻撃については、ローマ人、ペルシャ人、中国人、そして現代に至る彼らの継承者とは比べものにならない。

(『ユーラシア帝国の興亡』より抜粋)

書籍データ

ユーラシア帝国の興亡 表紙
概要スキュタイ、フン、モンゴル、ヴァイキング──野蛮人と蔑まれ、侵略者として恐れられてきた彼らの実像はいかなるものだったのか。長く世界の最先端地域として、技術、文化、交易を担ってきた中央ユーラシアの歴史を、その勃興から没落に至るまで壮大なスケールで描く。
タイトルユーラシア帝国の興亡
サブタイトル世界史四〇〇〇年の震源地
著者名クリストファー・ベックウィズ
出版社筑摩書房
刊行日2017年3月15日
判型四六判上製
頁数672
定価本体価格4200円+税
ISBN978-4-480-85808-5