大坂城全史 背表紙
社会の知恵

巨大化した大坂城で、両軍がにらみ合った大坂冬の陣

大坂本願寺時代に始まり、長きにわたり時の権力者たちの興亡の舞台となってきた大坂城。最も栄華を極めたと言われる豊臣時代末期、徳川家康と豊臣秀頼の戦いはこの名城の運命をいかに変えたのか。

慶長19年、東山方広寺の大仏開眼供養が8月3日に行なわれる運びとなった。しかしその直前の7月21日に突如駿府から、同時に新鋳された大鐘の銘文に「関東不吉の文言」があるとのクレームがついた。幕府の儒官林羅山が、銘文中の「国家安康」が家康の名を二分し、「君臣豊楽」が豊臣を君として楽しむ、と読み解いたところ、これを聞いた大御所家康が激怒したというのである。

巨大化した大坂城で、両軍がにらみ合った大坂冬の陣

家康の機嫌を損ねては豊臣家の存立も危ういと見た秀頼は、開眼供養を延期し、釈明のため側近の片桐東市正且元を派遣する。駿府滞在1ヶ月に及んだ且元は、大坂城に帰るや家康の意向を次のように披露した。家康の意向は(1)秀頼が江戸に参勤するか、(2)淀殿が人質として江戸に下るか、(3)豊臣氏が大坂を明け渡して所替えに応じるか、であると。これを聞いた重臣らは激怒し、且元が徳川に内通したのではと疑ったという。身の危険を感じた且元は城内二ノ丸にあった自邸(現城内二ノ丸梅林付近。江戸時代には市正曲輪と呼ばれていた)に引き籠もり、秀頼や淀殿からの再三の出仕要請にも応じず、10月1日、弟の貞隆とともに茨木城へ退去した。

HATE ! 背表紙
社会の知恵

映画のなかの人種差別

あの名作にも潜む人種差別の表現。ヘイトに陥らないために知るべき人類最悪の表現史。

ゲット・アウト(第1章「BLACK」より)

映画『ゲット・アウト』の、主人公の黒人の恋人は白人女性。現在では、異人種同士のカップル奇異な目で見る人は減っている。主人公は恋人の実家のパーティに誘われる。実家には、神経外科医の父と、精神科医の母がいる。母は催眠術を扱うようだ。ほかに、黒人のメイドと庭師がいる。パーティでも、年配の白人女性の年下の黒人の夫以外はすべて白人。

この三人の黒人たちの奇妙な振る舞いに主人公はとまどう。そして、主人公のいないところで、白人だけによるオークションが開かれる。こうした不可解な展開が続くなかで徐々に真相がわかってくる。

イスラーム宗教警察 背表紙
社会の知恵

イスラームを本当に理解するために

「息苦しく厳格な宗教が支配する、前時代的な差別や暴力が蔓延した社会」というイメージのあるイスラーム社会。それは本当なのか、違うのか。そう問う前に、まず、考えてみたいこと。

毎日五回の礼拝を行う、一年に一か月間の断食を行う、お酒を飲まない、豚肉を食べない、賭け事は禁止、女性は髪や肌を隠す、親族以外の異性とみだりに接触しない……。これらはイスラームについて語られる際にのぼる、定番の話題である。イスラームに関心がない人でも、こうした生活規範については知っているのではないだろうか。そしてこう思うはずである。「イスラームとはなんと戒律の厳しい宗教なのだろうか」と。

あらゆる社会にはその文化や自然環境、歴史を反映した、支配的な考え方やルールが存在し、その違いでもって単純に「厳しい社会」「厳しくない社会」といった判断や比較ができるわけではない。現実のムスリムの大らかさやホスピタリティを体験した人であれば、むしろ日本社会の方がマナーや格式にこだわる息苦しい社会だと感じることも多いはずである。

この空のかなた 背表紙
Created with Sketch. 自然の知恵

土星から見た地球

「宇宙人はいますか?」宇宙物理学者の著者が、今まで何度となく受けてきた質問です。残念ながら今のところ、その答えを知っている人は誰もいないのですが…この問いから見えてきた、「困難」と「不可能」の違いとは?

宇宙に関する講演後にしばしば尋ねられる質問が「宇宙人はいますか?」です。残念ながら今のところ、その正解は誰も知りません。でも、「実際に発見できるかどうかは別として、この広い宇宙のどこかには存在していると思います」と答える天文学者は多いことと思います。私もその一人です。

日中から人目をはばからず「宇宙人がいる」と堂々と言ってのける人間はかなり危なそうです。私ですら、「決してむやみに信じてはなりませんよ」と言いたくなります。でもこれは、「宇宙人を見たことがある」とか「幽霊がいる」などといった主張とは全く意味が違うことだけは強調しておきたいと思います。

沖縄報道 背表紙
社会の知恵

沖縄の分断に玉城デニーはどう挑むか? メディア地図からその構造を解き明かす

沖縄県知事選挙は大接戦のうちに終わった。米軍基地や歴史認識をめぐる分断はなぜ、どのように生じたのか。日本のジャーナリズムが果たした役割とは──。報道に使われた「言葉」と法制度の両面から検証する。

†「忖度」が報道を歪める

2017年の流行語大賞は「忖度」だった。森友・加計学園問題における政府意向を忖度した各省庁の怪しげな動きをさしたものと思われるが、少なくとも表現活動分野において、こうした「上」をみての態度は12年ころから見え隠れするようになり、14年から顕著な傾向として社会的ニュースになってきた。たとえば、美術館における作品撤去要請や、音楽イベントに対する政治的テーマ排除の要請、地方自治体の憲法テーマの集会等に対する後援返上などの動きである。

そうした大きな流れのなかで、新聞やテレビもまた、「忖度」報道と呼びうる状況が現出してきている。たとえばその典型例が、沖縄駐留米軍をめぐる言葉の遣い方である。16年12月13日の名護市安部で起きたオスプレイ機事故に関する報道では、次ページに示す通り放送番組や新聞紙面において、事故を表す用語に大きな違いが見られた。その違いは、あえて単純化すれば、〈沖縄と東京〉〈政府寄りと沖縄寄り〉の二つの要素のかけあわせで分かれているともいえよう。

吉本隆明全集17 背表紙
社会の知恵

歴史はなぜいつでも「理念の失敗」のようにして現れるのか

歴史の展開とはニーチェの言うように偶然の産物なのか、それとも必然に裏打ちされたものなのか。無数の偶然の積み重なりが必然に転化する境界を見極めることができれば、マルクスの思想・歴史的予言は現在でも有効性を持つ。吉本隆明とミシェル・フーコーとの歴史的対談の記録から。

吉本 はじめのところでフーコーさんは、マルクスが歴史的にあるいは古典的にすでに在ってしまった存在であるということで、マルクス自身の思想とマルクス主義とは、分けてかんがえなければいけないという意見を述べられました。ぼく自身もおなじようにマルクス者というものとマルクス主義者とは違うんだと書いてきました。そのことを分けてきましたから、その点についてまったく同感で、異論がありません。たいへんよくわかる考え方だとおもいます。

ところで、マルクスの予言的ないい方がありますが、その予言的ないい方は、階級がやがて消滅するだろう、それから国家ももちろん消滅するだろうといういい方に要約することができましょう。その場合、現在じっさいにマルクス主義を哲学とすると称している国家が現に存在します。ヨーロッパにも中国にもソヴィエト・ロシアにも存在します。これらの国家が少しも哲学国家の形態を解こうとしないし、解かないことの上に一つの権力を行使してる。それらがフーコーさんのいわれた言葉を使っていえば、現在の政治的イマジネーションをきわめて貧困にしているという事実があります。そのことに関連してですが、なおこれを異なった観点から、それだからマルクス主義は始末できるものなんだというのではなくて、弁護的、護教的に言い得るとすればこういういい方になります。やがて国家は消滅するだろう、階級も消滅するだろう。しかし過渡的な形態のままに現在消滅せずして存在している。それで消滅せずして存在しているという事態は、ほんとうは過渡的な問題にすぎないし、また過渡的な形態としては承認できるのではないかとかんがえることができます。ただ承認できるということと、過渡的な形態にすぎない国家を実体化し、そしてその上に停頓し、あぐらをかいて権力の一形態となっている、そういう権力のあり方自体は承認できない。世界の社会主義国家は、現在すべてそのように視えますし、かえって固定化しているように視えます。しかし過渡的な形態として現に存在する国家哲学、あるいは哲学国家というものと、その哲学自体を原理的に否定することは異なるのではないかとぼくにはおもわれます。

「働く青年」と教養の戦後史 背表紙
社会の知恵

実用系雑誌『BIG tomorrow』の原点には、教養主義?

実利的なテーマが多く扱われる雑誌『BIG tomorrow』。この版元の創業者はかつて、「生き方」「読書」「社会批判」を主題とする人生雑誌の編集・営業に携わっていた。1950年代にブームを迎えたこの雑誌を愛読したのは勤労青年たち。かれらが支えた大衆教養主義も、やがて変容していく。

◎『BIG tomorrow』と「人生雑誌」

「一億円貯めた人の「お金が集まる環境」」「三〇代で年収一〇〇〇万円を達成した人たちの夜八時からの副業生活」(それぞれ2016年6月号・2014年6月号)──青春出版社発行の『BIG tomorrow』では、若手・中堅社会人層を対象に、これらの実利的テーマが多く扱われている。こうした誌面構成は、近年には限らない。1980年7月の創刊号では、「この処世術を心得なければ、きみはとり残される」「三つの周期リズムでギャンブルに必勝できる」といった記事が掲載されており、第2号(1980年8月)でも「大儲け、オレたちにとっても夢じゃない」と題したエッセイが収められていた。

この雑誌は、当初、28万部の発行だったが、1985年ごろには約70万部へと急成長を遂げた。ビジネス誌『プレジデント』(1985年3月号)も、「青春出版『ビッグ・トゥモロウ』はなぜ売れたか」と題した特集記事を掲載し、社長・小澤和一のインタビューを大々的に取り上げた。二度のオイルショックを乗り越え、やがてバブル経済に突入しようとする時代を象徴する雑誌であった。

世界がわかる宗教社会学入門 背表紙
社会の知恵

日本人の宗教音痴は、危険な水準にある!

人が死ねばその魂はしばらくその辺にいる? かつて日本は儒教国家だった? 実は両方とも間違い。ところが多くの日本人は、世界の主要な宗教を理解せず、何千年も過ごしてきた。このまま国際社会に出ていくのは大変危険だ。

◎人間は死んだら仏になる?!

日本人が仏教を理解しているか? 人間が死んだらどうなるか、日本人にきいてみます。すると、幽霊(魂)になって、しばらくその辺にいる、と答える。それからどうなる?と聞くと、三途の川を渡って、極楽に行き、仏さまになる。これが平均的な回答です。「お陀仏」というくらいで、人間は死んだら仏になると思っているのです。

インド人にこういうことを言うと、笑われます。仏教は輪廻の思想を前提にしていますから、死んだらもう一度、生まれ変わる。浄土宗が「極楽往生」の思想を広め、それが日本古来の霊魂観とごっちゃになって、「死んだら仏になる」という通念が生まれました。これはもともとの仏教と何の関係もありません。

こうした誤解はキリスト教にもあって、「人間は死んだら天国に行く」という俗説がまかり通っています(『マッチ売りの少女』の影響でしょうか?)。

世界史のなかの戦国日本 背表紙
社会の知恵

ある男の幻想が招いた東アジア秩序の崩壊

強烈なキャラクターの指導者たちがしのぎを削り、何が起こるか全く読めない東アジア情勢。悪い歴史は繰り返されないことを祈るが、いまをさかのぼること400年前に、ある男の幻想と過剰な自尊心が、東アジアの秩序を崩壊させていった……。

日本列島を長期にわたってまきこんだ戦国動乱のなかで、戦国大名は、高度に組織化された軍事力を獲得していった。かれらは武力を唯一の頼みとする一種の自信を抱くようになり、それが国際社会における日本の自己意識にもはねかえっていく。

一五四四年、対馬島主の船が朝鮮に来て駿馬を求めた。これは先例にない不遜な行為で、なにか異心があるのではと疑われた。そのさい朝鮮のある法曹官僚はこう述べている。

自衛隊と憲法 背表紙
社会の知恵

安倍首相の言う「自衛隊明記改憲」をまじめにシミュレーションしてみる

「自衛隊明記改憲」に執念を見せる安倍首相だが、現実に発議するとすれば、現政権に厳しい事態をもたらすことになる。その詳細をシミュレーションしてみよう。

2 自衛隊明記改憲の難しさ

安倍首相の言う「自衛隊明記改憲」をまじめにやろうとすると、どのような発議をすることになるのでしょうか。

そもそも、憲法に「自衛隊を設置してもよい」と書くだけでは、「自衛隊を明記」したことにはなりません。なぜなら、「自衛隊」という名前の組織を置くことが明らかになるだけで、自衛隊が何をやる組織なのかが全く分からないからです。「自衛隊とは、災害の際に国民を救助したり復興を支援したりする組織だ」という人から、「自衛隊とは、侵略国が現れたときにそれを排除するための組織だ」という人、「自衛隊とは、個別的自衛権と集団的自衛権を行使する組織だ」という人、「自衛隊とは、外国の軍隊と同じ組織だ」という人まで、各々に「自分の理解が正しい」と主張し合って、収拾がつかなくなるでしょう。これでは、自衛隊違憲論に終止符を打つことなど、到底できません。

そうすると、自衛隊明記改憲を行う場合、「自衛隊が何をやる組織か」という任務の範囲を明記する必要があります。任務の書き方は、いくつかあり得ますが、いずれにせよ、集団的自衛権の行使容認の是非が問われます。そして、そのことは、安倍政権にとって、かなり厳しい事態をもたらします。この点を検討してみましょう。