資本論に学ぶ
社会の知恵

恐慌が起こる本当の理由 マルクスの落とし穴

皆さんもご存じかもしれないけれども、資本主義が生産方法を発展させ、労働の生産力が上がれば、労働者単位当たりの道具や機械や原料品というのは多くなります。したがって、資本は非常に多くなっても、人口はそれほど多くならなくてよろしいという関係ができるのです。生産力が上がれば、単位当たりの原料や道具や機械の非常な増大にもかかわらず、人口の方は少なくてすむのですから、人口の増殖と資本の増殖というのは、資本の増殖の方がうんと速度が早くてもいいような関係がある。ただ、それには生産能力が上がらなければいけない。生産能力が上がらないというと人口がたりなくなる、という関係ができてくるのです。生産能力が上がらないというと、資本はどんどんできるけれども、人口がたりない。生産能力が上がれば、単位当たりの資本量が多くていいわけになるのですから、資本の増殖が多くても人口は十分にある、ということになるわけです。この点を明らかにしたのが、マルクスの人口論になるので、資本主義に特有な人口法則です。つまり生産能力を上げながら、実際は相対的過剰人口を作るのだ。つまり、生産能力が上がると、資本に対して人口が相対的に過剰になるような傾向を持っている、ということを明らかにしたのです。

この人口法則を発見したマルクスは、とてもうれしかったのではないかと思うのです。ぼくはそこのところをほんとうはよく知らないのだけれども、なぜうれしかったのではないかと思うかというと、これでもってマルクスは非常に勇敢な説を出してしまっているからです。資本主義がどんどん生産方法を改善していくというと、過剰人口がどんどんできてくる。過剰人口がどんどんできてくると、労働者の生活はますます窮乏化する。これが有名な窮乏化法則というものなのです。人口論までは正しかったのだけれども。生産力をますます上げていくと過剰人口がますますできる、過剰人口がますますできるというと労働者はますます窮乏化する。それはそういうことになりますね、過剰人口がどんどんできるのだから。これが有名な窮乏化法則ですが、これがちょっとよくなかった。

日本のマルクス主義者諸君や、あるいは西洋のマルクス主義者諸君もそうですけれども、この窮乏化法則というものを、マルクスの非常に重要な法則のように考えている人がいるのですが、これは困るのです。人口法則までは正しいのです。しかし窮乏化法則は、不断に生産方法が改善されていくという前提に立っている。しかし資本は不断に生産方法を改善してはいかないのです。大きい目で、明治、大正、昭和と時代的な流れを大きく見れば、不断に生産手法を改善してきたと言っていいと思うのです。しかし少し近寄ってみると、いっぺん資本を投じるとどうしても固定資本があるのです。この固定資本を無視して、新しい方法をどんどん採用していくということは資本主義にはできないのです。その点が、この窮乏化法則になる議論の落し穴になっているわけで、マルクスはそこをちょっと忘れてしまったんだな。ぼくのマルクスとは比較にならない小さい根性から言えば、おそらく人口法則を発見したということが非常にうれしかったので、つい勇み足をしたのではないか。そしてそれがエンゲルスのいわゆる産業予備軍というのと結びついてしまって、窮乏化法則というものになったのではないか、というふうに考えるのです。

この点では、恐慌論になる重要なポイントをいっぺん発見しながら、マルクスはそれをうまく使えないようにしてしまった。これは恐慌論に非常に関係があるのです。つまり、恐慌現象というのは、景気の循環の過程の中で、ある時期には労働者がたりなくなる、ある時期には労働者が余ってくる、たりなくなるときがいわゆる好景気で、余ってくるときがいわゆる不景気なのです。資本主義はそういう循環過程を繰り返しながら発展してきている。その過程で労働者が余った不況期に、資本は新しい生産方法を採用する。資本主義はそういうときにとんちんかんな、つまりひっくり返ったことをやるのですね。不況期で失業者が多くて人口が余っているというときに合理化をやるのです。ちょうど正反対になる。儲けになるときには、合理化をやらないで、どんどん拡張するという傾向がある。どんどん拡張すると、必ず資本の方がよけい増殖される。つまり資本の蓄積の方がよけいになって、人間の方がたりない。好景気に生めよふやせよと言っても、そう生むわけにいかないのです、人間は。生めよふやせよと言って、生んだところで間に合わない。ナチスでも、それで弱っちゃったのです。生めよふやせよと一生懸命で言ったけれども、生んだ子が労働力になるまで、あるいは兵力になるまでには十何年かかるのですから、そう簡単にふやすわけにはいかない。

逆に、ちょっとおもしろいのですけれども、不景気になって過剰人口ができたときに合理化をやって、もう一つ過剰人口を作ろうとする。そのかわり、この過剰人口を基礎にして好景気をやろう、という関係ができてくる。これが景気の循環になるのです。恐慌現象というのは、そういう意味では資本の蓄積が労働人口にマッチしないような過剰の蓄積をやる。そういう関係で恐慌現象が起きるのです。

(『資本論に学ぶ』より抜粋)

書籍データ

資本論に学ぶ
概要資本主義に終わりはあるのか、社会主義の失敗を経てもなお、『資本論』を読む意義とは何だろうか―。マルクスを批判的に継承し、イデオロギーを排した純粋な社会科学として再構築することに心血を注いだ宇野弘蔵。その独創的な着想は、資本主義が行き場のない閉塞感を生みだしつつある昨今、再び衆目を集めている。マルクスの魅力とその問題点、さらには自らの理論のエッセンスまでも語り尽くす、『資本論』の導入としても、宇野弘蔵の入門書としても格好の一冊。
タイトル資本論に学ぶ
著者名宇野弘蔵
出版社筑摩書房
刊行日2015年2月10日
判型文庫版
頁数272
定価本体1,100円+税
ISBN978-4-480-09656-2