こころの知恵

丸山眞男の兄・鐵雄に、日本の歌謡曲の作られ方を学ぶ。 〜なぜ、戦時下において映画主題歌がヒットするのか?

戦時下の大衆は、「ネェ小唄」や「ハァ小唄」、「ジャズ調」に代表される「自由主義」的な楽しさ、面白さを求めていない。「米英的色彩の濃厚なジャズ調や五六年前の流行歌、映画主題歌と同じ手法の蒸し返しによつて大衆を慰安し、これにうるほひを与へ得たと思ふ様なお方は、松沢病院で二、三年脳味噌を休養させた方がよい」。松沢病院とは東京府の精神病院である。鐵雄が新時代の歌謡曲を阻害するもうひとつの原因と考えたのは、このような「自由主義」言い換えれば資本主義の問題である。

「自由主義」的な音楽を生産し流通させてきたのは、言うまでもなく「資本主義的生産機構」であるレコード会社である。レコード会社は、レコードという商品をできるだけ多く売るために「大衆の低い感覚、低い層」をターゲットに音楽を作る。その機構に取り込まれた作詞家や作曲家は、印税を思い浮かべながら曲を書く。それによって「大衆の声」としての歌謡曲とは程遠い、大衆の劣情にのみ寄り添い、それを傓り立てて営利を図る「商品」としての歌謡曲が生産される。

その最たるものが「映画会社と云ふ資本主義的生産機構とレコード会社と云ふ資本主義的生産機構の営利的打算の上に基いた聯契によつて生れた商品」つまり映画主題歌である。一九三八(昭和十三)年の松竹映画『愛染かつら』(田中絹代・上原謙主演)では、霧島昇と松原操の歌う主題歌『旅の夜風』が映画ともども大ヒットを記録した。主題歌による映画宣伝、映画の大入りによる主題歌の大ヒットを狙うメディアミックスである。一九二九(昭和四)年の日活映画『東京行進曲』と、映画主題歌第一号といわれる佐藤千夜子の同名主題歌以来、企業はそうやって営利を最大限に高めようとしてきた。

鐵雄はここに「大衆の声」としての歌謡曲を害する資本主義の最先端を見た。『旅の夜風』自体が戦時下では「頽廃」歌謡曲であることは言うまでもない。一九四三(昭和十八)年一月の歌謡曲新譜月評では、『歌ふ狸御殿』の主題歌レコードなど、映画と歌謡曲とのタイアップ企画が大量に出てきたことを指摘し、その流行を予言している。

魂を揺さぶる明治の軍歌が商品でなかったように、「大東亜戦争」下では「レコードは既に資本主義的商品ではない」。鐵雄は、レコードとは「勝つための、戦争完遂のための一つの資材」と言い切るようになった。

押しつけがましい「国策」宣伝ではなく、「頽廃」的な資本主義的商品でもない歌謡曲。「下から盛り上つて来た大衆の熱情」を表現し、それでいて戦時下の大衆に「うるほひ」を供給する歌謡曲。これが、鐵雄が理想とする新時代の歌謡曲である。しかし、そんなものが本当に可能だろうか。

日本の「自由主義」の時代、言い換えれば大正デモクラシーの影響があった時代は、同時に「アメリカ化」の時代でもあった。第一次世界大戦の勝利とヨーロッパの没落によって「民主主義および資本主義の最先進国」に踊り出たアメリカの文化と文物を多くの日本人が渇望し、競ってそれを取り入れた。「新時代流行の象徴」である自動車、カフェー、活動写真のうち、自動車と活動写真はまさに「アメリカ文化の象徴」であった。それらを大量生産し、世界的に流通させたのはアメリカの資本主義であり、音楽を複製して販売するレコード産業を発達させたのもまた資本主義である。日本のレコード産業は、ビクター、コロムビア、ポリドールという名前が示すように、外国資本なくしては考えられない。

鐵雄は、よく大衆を三角形で説明した。頂点とその付近にはクラシックなどの高尚な芸術を愛し低俗を軽蔑する少数の人々がいる。底辺には、浪花節や歌謡曲しか楽しめない広範な人々がいる。鐵雄は、頂点だけを意識した放送、底辺におもねった放送の双方を否定し、大衆という三角形全体を捉えた放送を目指した。

ところがレコード会社は、レコードを数多く売るのが仕事だから、必然的に最も数の多い底辺をターゲットに音楽を作る。資本主義文化を批判する鐵雄の力点はそこにあった。それは、楽しみの中で自然に大衆の趣味を向上させる音楽ではなく、愚民を愚民のままにする音楽なのである。

営利第一の音楽産業が良質な音楽を駆逐して愚民化を推進しているという批判は、握手券商法を例に取るまでもなく今日でも珍しくない。資本主義に骨の髄まで侵され、歪みきった人間性をもとに回復させることは、すでに見たように新体制運動の重要な目的であった。

鐵雄はポリドールが大東亜レコードに改名した際、そこに「神がゝり的な傾向」があることを指摘し、「歌を作る場合は余り片よらぬ方がよからう」と冷ややかに述べた。このことからしても、鐵雄は決して日本主義的な傾向には染まらなかった。だがおそらく鐵雄には、「自由主義」でも「神がゝり的」でもない、新しい日本の大衆音楽文化を剏造する希望があった。それは、支配層による「上から」の指導を拒絶しつつも、あくまで米英の資本主義と対決する大衆が、「下から」のエネルギーによって剏造する新しい文化であ
る。結果として戦争後期の鐵雄が抱いていた文化構想は、戦後に弟の眞男が言った「下からのファシズム」に接近していたのである。

(『娯楽番組を創った男』より抜粋)

書籍データ

娯楽番組を創った男
概要戦後を代表する知識人である丸山眞男に兄がいたことはあまり知られていない。その兄鐵雄(てつお)は、長谷川如是閑とともに大正期を代表するジャーナリスト丸山幹治の長男として1910年に生まれ、その後京都帝大経済学部を卒業して日本放送協会に入り、ラジオの黄金時代とテレビの草創期を牽引した敏腕芸能ディレクターだった(1973年に『激動の昭和』で日本レコード大賞特別賞を受賞、1988年没)。 日本のメディア史を考える上でとりわけ重要なのは、痛快な社会諷刺で占領下人気を博したラジオ番組『日曜娯楽版』と現在まで続く長寿番組『のど自慢』を鐵雄が企画したことである。 本書は丸山鐵雄の人生とその時代を振り返ることによって、「マスメディアの真の主人公」である〈サラリーマン表現者〉について考える試みである。 記者やプロデューサー、ディレクターや編集者に代表される〈サラリーマン表現者〉が、学者からタレントまであらゆる表現者を利用しながら、いかに自己の「匿名の思想」を実現してきたかを徹底的に検証する。「彼らの作ったパッケージこそが世の中に甚大な影響を与えている」(本書)のだ。著者渾身の書き下ろし!
タイトル娯楽番組を創った男
サブタイトル丸山鐵雄と〈サラリーマン表現者〉の誕生
著者名尾原宏之
出版社白水社
刊行日2016年10月24日
判型四六判上製
頁数266
定価本体価格2200円+税
ISBN978-4-560-09516-4