難破する精神
社会の知恵

21世紀を席巻する「反動の精神」とは?

反動家は保守主義者ではない。まずこの点を押さえておこう。反動家たちは、彼らなりに、革命家たちと同じように過激であり、同じように強力に歴史的な想像力に支配されている。救済による新たな社会秩序と人類の活性化という千年王国への期待が革命家たちに希望を与える。新たな暗黒時代がはじまるという黙示録的な恐怖が反動家を苦しめる。*注1

カトリック思想家のジョゼフ・ド・メーストル〔1753~1821〕のような初期の反革命思想家にとっては、1789年は栄えある旅の終わりであり、そのはじまりではなかった。驚くべき速さでカトリックヨーロッパという強固な文明が壮大な難破船と化してしまった。これは偶然ではありえなかった。それを説明するために、メーストルや彼の多くの追随者たちは一種のホラー・ストーリーの巧みな話者となった。しばしばメロドラマ的に語られたその物語は、数世紀におよぶ文化的・知的発展が啓蒙思想とともに頂点に達し、アンシャン・レジームを内側から腐敗させ、その結果、異議を申し立てられるや、粉々になったというものだった。この物語がヨーロッパの反動的な歴史学のひな型となり、すぐに世界中に広まった。

昔と今とを比べて必ず因果関係を見ようとするのは、反動家の信条のようなものだ。反動家の物語は幸福な、秩序ある状態からはじまる。人々は場をわきまえ、調和ある暮らしをし、伝統と神に従っている。ところが、作家、ジャーナリスト、大学教授といった知識人が推進する異質な考えが調和に挑み、支配階級の秩序を維持する意志が弱まる。(エリートの裏切りはあらゆる反動主義的物語の要である)。偽りの意識がまもなく社会全体に浸透し、社会は進んで、時には喜んで、破滅へ向かう。在りし日の姿を忘れずにいる人々のみが、なにが起きているのかを目にしている。社会が方向転換するのか、それとも破滅へ突き進むのかは、まったく彼らの抵抗次第である。今日、本質的に同じ物語が、政治的なイスラーム主義者、ヨーロッパのナショナリスト、アメリカの右翼の間で、イデオロギーとして語り継がれている。

反動家の精神は難破者の精神である。他の人々が時間の川がいつもと同じように流れるのを見るところに、反動家は楽園のがれきが目の前を通り過ぎてゆくのを見る。彼は時間の亡命者である。革命家は他の人々には見えない輝ける未来を見て興奮する。近代の虚妄など受けつけない反動家は過去に栄光を見て興奮する。彼は敵よりも強い立場にいると感じる。というのも、実際に起こったことの守護者であり、起こりうるかもしれないことの予言者ではないと信じているからである。これが反動主義的文献を貫く奇妙に陽気な絶望、明白な使命感を説明する。

まさに反動的なアメリカの雑誌「ナショナル・レヴュー」〔アメリカの保守主義の牙城である隔月誌〕が創刊号で示したように、その使命とは「歴史の流れを遮り、止まれ! と叫ぶこと」である。この闘争的ノスタルジアこそが、反動家をはっきりと近代的存在にする。反動家は伝統に帰るだけではないのだ。

革命的な政治が行われているわけでもないのに、反動の精神が生命力を保ち続けるのは闘争的なノスタルジアのせいだ。今日、世界のどこであれ、近代的な生活を送るとは、絶え間のない社会や技術の変化にさらされることを意味し、心理的には、永遠の革命を生きることに等しい。残念ながら、あらゆる形あるものは溶けて霧散し、あらゆる聖なるものは世俗のものになる、と述べたマルクスは正しかった。彼の唯一の間違いは、資本主義の廃棄だけが世界に重みと神聖さを回復できると考えた点にある。永遠にそれ自体を近代化する性質をもった近代そのものをとことん非難するとき、反動家は英雄的な存在に近くなる。

近代化のプロセスを前にした不安はいまや普遍的な経験である。それゆえ、反近代的な反動の観念が、世界中で歴史に裏切られたという思いだけを共有するさまざまな信奉者たちを惹きつけているのである。あらゆる大きな社会変動は新たなエデンの園を後に残し、だれかのノスタルジアの対象となる。そのうえ、現代の反動家たちはノスタルジアが強力な政治的な動因、おそらく希望よりも強力な動因となりうることを発見してしまった。希望は裏切られるのに対し、ノスタルジアには反論できない。

*一部改編

注1 反動(reactionary)とは?
フランス革命の際に生まれた歴史・政治用語で、革命勢力から見て反革命的な姿勢、行動のこと。現在では、アメリカの保守的な人々や、ヨーロッパの民族主義者、イスラームのジハード主義者など、広く既存の社会秩序・システムへの不満を表明する人々にたいして使われている。その思想的な特徴としては、「革命」がイデオロギーにのっとった未来やユートピアへの期待や願望の実現を目指すものだとすれば、「反動」はそれへの幻滅であり、過去へのノスタルジーとして現れる。

(『難破する精神』より抜粋)

書籍データ

難破する精神
概要アメリカ大統領選中に緊急出版され、トランプ現象の背景にある「政治的反動」という思想をときあかし、ワシントン・ポスト、ニューヨーク・タイムズ、フィナンシャル・タイムズ、ニューヨーカーなどにとりあげられ、大きな反響を呼んだ一冊。反動思想の源流(ローゼンツヴァイク、フェーゲリン、シュトラウスなど)を遡り、その現代的表れとして、シャルリー・エブド襲撃事件をめぐる二人の作家(ゼムールとウェルベック)を取り上げる。
タイトル難破する精神
サブタイトル世界はなぜ反動化するのか
著者名マーク・リラ
出版社NTT出版
刊行日2017年9月4日
判型四六判上製
頁数216頁
定価本体2400円
ISBN4757143494