「文明の衝突」はなぜ起きたのか 背表紙
社会の知恵

テロに対する最高の報復とは、相手を殴り倒すことを拒否し手を握り合うこと

移民と犯罪は関係ない。移民を排除してもテロ対策にはならない。これが、事実なのだ。だからこそ、イスラム教とイスラム教過激派を安易に関連づけることは避けなければならないし、イスラム教過激派の問題とイスラム教系移民の問題は分けて考えなければならないのである。逆に、そうした混同こそが、状況を悪化させる要因の一つなのだ。

むしろ、二一世紀のヨーロッパ諸国は──もちろん人数にもよるが──移民を必要とするだろう。一九七〇年代とは違い、多くの先進国が少子高齢化の時代を迎えているからである。

実際、ドイツやベルギーは、移民なしでは人口が減ってしまうのだ。フランスにしても、二〇一〇年頃からの合計特殊出生率は約二・〇の水準を回復しているが、一九七五年頃から二〇〇五年頃までは少子化の時代であり、その埋め合わせには移民が必要なのである。そうでなければ、福祉社会を維持できない。

なるほど、移民系住民の収入や失業率を考えれば、福祉に貢献する存在ではなく、むしろ福祉タダ乗りという批判さえ受けるような状況なのであろう。それでも、人口の年齢構成だけに着目すれば、移民は不可欠なのである。そもそも人数が足りなければ、どんな対策も物理的に不可能なのだ。

結局、いわゆる〈イスラム教過激派〉にしても、ヨーロッパの移民系住民や反移民勢力にしても、イスラム国に参加する若者にしても、それぞれが抱えているのは、現状に対する不満や将来への不安なのだ。中東や北アフリカの人々は、過去の植民地支配の後遺症を引きずっているし、欧米諸国のイスラエル政策に翻弄されて来た。

だが、ユダヤ人にしても、激しい迫害を受けて来たのだ。さらに言えば、バスク人もベルベル人も北アイルランドのカトリック教徒も、さんざん少数派の辛酸を嘗めて来たのである。そうした人々が不満を表明し、時として怒りを爆発させるのは、ある意味で当然なのである。ついでに言えば、一九世紀末に帝国主義を支持したイギリスの庶民にしても、階級社会の中で苦しい立場に置かれていたし、イランの宗教保守派もまた、パフレビー政権下で抑圧され続けた人々なのだ。

同様に、第二次世界大戦後の高度経済成長期にヨーロッパに渡って来た移民系住民もまた、時の経済情勢に巻き込まれた上、想定外の永住を余儀なくされ、世代が代わっても困難地区の住民であり続けているのである。その一方で、ヨーロッパ側の人々もまた、グローバル化や欧州統合の波に直撃され、自分たちのアイデンティティーの危機を感じているのだ。こうした中、さまざまな理由で居場所を見つけられない若者たちが、移民系であれ誰であれ、イスラム教過激派に惹かれてしまっているのである。

誰が悪いのか。いつ、何を間違えたのか。そんな問いに答えは出ない。イスラム教が悪いのではない。ヨーロッパ文明が悪いのではない。文明の衝突が起きているわけでもない。何もかもが、偶然の歴史の必然的な結果なのだ。だからこそ、知らなければならないのは、現実的な歴史であり、具体的な政治状況であり、同時代に生きる人間の所業なのである。もちろん、仲良くしなさいと言うだけでは解決しない。だが、勝負をしましょうでは最悪だろう。

しかも、その勝負が反則合戦になってしまったのでは、泥沼でしかない。だから、テロとの闘いの目的は、それを終わらせることであり、勝つことであってはならないのである。

世界には、豊かな国と貧しい国がある。どの国の中にも、貧しい者と豊かな者が暮らしている。そして、多くの者たちが、そうした現実を、公正な競争の結果などではなく、理不尽な運命だと感じている。そうした事態を終わらせなければ、テロとの闘いが終わることもないだろう。宗教や文明を論じる前に、その事実を直視しなければならない。真の意味でのテロとの闘いは、究極のところ、格差との闘いであり、不平等の連鎖との闘いなのである。

なぜ、二一世紀がテロとの闘いの時代として始まってしまったのか。その原因は、当然のことながら、事前に用意されていたはずである。端的に言えば、一九九〇年代に生じた矛盾や歪みが、次の時代の問題を作り出したのだ。周知のとおり、一九九〇年代は、経済のグローバル化が急速に進んだ時代であった。新自由主義的な経済観の下、格差と不公平ばかりが世界中に蔓延した時代だったのである。

そこでは、自由競争が叫ばれる一方、競争の目的が独占を防ぐことだということが忘れられていた。そして、競争とは、同じスタートラインを保証された者たちが、公平のルールの下、客観的な審判を伴って行うものだということが忘れられていたのである。これでは、歪んだ状態が生まれるのも当然であろう。

私たちは、どうすれば幸福になれるのか。その第一条件は、住みよい社会に暮らすことである。いくら金儲けをしたところで、戦禍に巻き込まれた社会や、テロの恐怖に怯え続ける世界の中では、誰も幸福になれない。自分たちが幸福になるためには、皆にとって良い社会、皆にとって良い世界を作ることを考えなければならないのである。とりわけ、子や孫の世代のことを考えるならば、残すべきは、より良い世の中であろう。最も危険なことは、多くの人々が、こうした現実から目を背ける状況である。

二一世紀の最初の年、真っ先にテロの標的になったのは、ニューヨークの世界貿易センタービルという、いわゆる〈勝ち組〉の象徴であったことを忘れてはならない。もちろん、そのテロ行為自体は、無茶苦茶な暴挙である。だが、たとえそうであっても、自らの命と引き換えに〈勝ち組〉の象徴を破壊することを選んだカミカゼたちは何が許せなかったのか。そこまでした理由を、真摯に直視しなければならないのだ。

二一世紀の世界は、明るい幕開けを迎えることが出来なかった。いわゆる九・一一テロの後も、状況は悪化するばかりのようにさえ見える。では、どうすれば良いのか。もちろん、魔法のような解決法など存在しない。ただ、最後に、一つの小さな事例を紹介しておこう。

二〇一六年七月二六日、フランス北部に位置するルーアン(Rouen)郊外の小さな町で、二人のテロリストがカトリック教会を襲撃し、五人を人質にして立てこもった。容疑者は警察に射殺されたのだが、一人の神父が犯人たちに喉を切られて殺害されていた。犯行声明を出したのは、イスラム国(IS)である。すると、三日後の七月二六日、その町のキリスト教徒とイスラム教徒は、互いに教会とモスクを訪問し合って祈りを捧げ、犠牲者を追悼したのだ。

おそらく、これこそが、テロに対する最高の報復であるに違いない。文明の衝突といった大風呂敷な煽動がどうであれ、地に足をつけて生きる一人一人の人間が、相手を殴り倒すことを拒否し、互いに手を握り合うことを選んだのだ。

「握り拳と握手はできない(マハトマ・ガンジー)」

(『「文明の衝突」はなぜ起きたのか』より抜粋)

書籍データ

「文明の衝突」はなぜ起きたのか 表紙
概要9.11、シャルリー・エブド事件、パリ同時多発テロ……21世紀の世界が直面する困難は、しばしば「文明の衝突」と形容される。だが、はたしてほんとうに文明は「衝突」しているのか? 誤った歴史認識や煽動のおかげで、対立が激化させられているのではないか? 闘争と葛藤が繰り返されてきたヨーロッパ・中東の歴史的経緯を振り返りつつ、世界の緊張を解くための処方箋をさぐる長編論考。多様な文化や言語や宗教が存在する世界で共存していくために、いまわれわれが直視すべき現実がここに。
タイトル「文明の衝突」はなぜ起きたのか
サブタイトル対立の煽動がテロの連鎖を生む
著者名薬師院仁志
出版社晶文社
刊行日2017年1月25日
判型四六判並製
頁数232頁
定価本体価格1600円+税
ISBN978-4-7949-6828-9