進歩 背表紙
社会の知恵

破滅と悲惨の未来図、それホント? 正しいデータで見る人類史

私もかつてはかれらの悲観論を共有していた。1980年代に私が世界観を形成し始めたとき、現代文明を受け入れるのはむずかしいと思えた。工場、高速道路、スーパーマーケットは悲惨な光景であり、現代の労働生活はひたすらドタ作業でしかないように思えた。私はこの新しい世界的な消費者文化を、テレビがみんなの居間にもたらした世界の貧困と紛争の問題に結びつけた。それにかわるものとして、私は時計の針を戻した社会を夢見た。人々が自然と調和して暮らした社会だ。産業革命以前、薬も抗生物質も安全な水も十分な食料も、電力も衛生システムもなしに人々が暮らしていた実際の状態については考えなかった。むしろ、それが現代の田舎散策に近いものだと思っていた。

調査の一環として、私は歴史研究を読み、世界中を旅し始めた。そして古きよき日々の本当の姿を理解し始めたら、もはやそれをロマンチックに思い描くことはできなくなった。私が研究対象とした国の一つは、慢性的な栄養失調を体験していた──平均的なサブサハラアフリカ国よりも、貧しく、期待寿命も短く、子供の死亡率も高かったのだ。その国というのは、150年前の私の祖先が暮らしていたスウェーデンだ。本当のことを言うなら、時計の針を本当に戻したら、古きよき日々というのは実はひどいところだったのだ。

ニュースや多くの識者が何を言おうと、現代のすばらしい物語は、私たちが史上最高の世界的な生活水準改善を目撃しているということだ。貧困、栄養失調、非識字率、児童労働、幼児死亡率は、人類史の他のどんな時期よりも急速に減りつつある。誕生時の期待余命は、過去1世紀で、それ以前の20万年と同じだけ増加している。ある個人が戦争にあい、自然災害で死亡し、独裁制にさらされるリスクは、これまでのどんな時代より小さくなった。今日生まれた子供は、先祖たちが5歳の誕生日を迎えたより高い確率で、引退年齢まで生き延びられる。

戦争、犯罪、災害、貧困は痛々しいほど現実だし、過去10年で世界メディアは新しい形でそれを人々に気づかせてくれる──毎日止むことなく画面上でそのライブ映像を見せるのだから。でも、いたるところにあるのは確かとはいえ、こうした問題は昔からいつもあって、おおむね目に見えなかっただけだ。現代の本当のちがいは、それが激減しつつあるということだ。いま目にしているのは例外だが、かつてはそれが常態だったのだ。

この進歩は、17世紀、18世紀の知的啓蒙主義から始まった。このとき人々は世界を見るのに、権威や伝統や迷信では満足せず、実証主義の道具を使って検討するようになった。その政治的な対応物、古典的リベラリズムは、世襲、専制、隷属のくびきから人々を解放した。その直後にやってきたのが19世紀の産業革命で、人々が使える工業力は何倍にもなり、貧困や飢餓が制圧されるようになってきた。こうした連続的な革命は、それまでずっと続いてきた厳しい生活条件から人類の相当部分を解放するに十分だった。20世紀後半のグローバリゼーションで、技術や自由がその他世界に広がると、これはもっと大規模に繰り返され、しかもその勢いもかつてないものとなった。

人類は常に理性的でもないし優しくもないけれど、一般に自分や家族の生活を改善したいと思っているし、ある程度の自由を与えられれば、それを実現するために頑張って働く。一歩ずつ、それが人類の知識と富の蓄積に貢献する。現代では、人々は各種問題にこれまでになく多様な解決策や視点を試すことが許されている。だから私たちは絶えず科学その他の知識を蓄え、あらゆる個人はこれまでの何億人もの肩にのって、貢献したり成果を挙げたりできる。これがプラスのサイクルを作り出す。

本書は人間の勝利に関するものだ。でもそこに安住しろと告げる本ではない。ある程度は警告として書かれている。この進歩を当然のものとして受け取るのはひどいまちがいだ。こうした問題は、人類が歴史の大半で抱えてきたものだ。こうした発展の支柱──個人の自由、オープンな経済、技術進歩──を破壊しかねない勢力が世界には作用している。オープンな社会を潰すために、テロリストや独裁者は手を尽くすけれど、私たちの社会の中からくる脅威もある。右派でも左派でも、通俗論者たちがグローバリゼーションや現代経済に対して広範な嫌悪を広めている。コスモポリタンで、都会的で流動的な社会に対するおなじみの敵意は、昔から社会保守派から聞かれたものだ。でも今日それが、外界は危険であり、文字通りまたは比喩的な壁を作らなくてはならないという感覚と組み合わさっている。

土着性バックラッシュのリスクは決してあり得ないものではない。人類がとげてきた進歩が目に入らないと、私たちは残った問題についてスケープゴートを見つけようとする。ときに人々は、我が国を再びグレートにしてみせるための、お手軽で単純な解決策を持っていると主張するデマゴーグに浅はかにも世界を任せようとする。でもその解決策というのは経済の国有化、外国輸入品を阻止、移民の追放といった代物だ。そんなことをしても失うものは何もないと思うようなら、それはみんなが忘れっぽいだけだ。

現代において、私たちは自分の生活を改善する自由を与えられ、それにより世界を改善した何百万もの人々による、ゆっくりした着実で自発的な発展から生じた、驚異的な進歩を忘れてはいけない。それは、どんな指導者も機関も政府も、トップダウンで押しつけられるものではない。本書は何が起きたか、どのように起きたか、なぜそれが目に入らないかを説明する。

それはまちがいなく人類最大の成果だ。世界の発展をもっとよく見回せば、自分たちの能力の証拠が毎日のように目に入るはずだ。だから私は、献辞をクリストファー・レン卿の墓碑から拝借した。かれはセントポール大聖堂を建設してそこに埋葬されている。その墓碑にはこうある。Si monumentum requiris, circumspice(「記念碑を探すつもりなら、あたりを見回してみよう」)。

(『進歩』より抜粋)

書籍データ

進歩 表紙
概要いたるところ破滅と悲惨──ニュースやメディアが書き立てるネガティブな終末世界、そんなものは嘘っぱちだ。啓蒙主義思想が普及して此の方、世の中はあらゆる面でよくなってきた。食べ物も増え、衛生設備もぐっと普及し、寿命も延び、豊かさもまし、平和も自由も平等も促進されている。いま必要なのは、この進歩を正しい知識で引き継ぐこと。反グローバリズム運動への批判を展開してきたスウェーデンの歴史家が明解なデータとエピソードで示す、明るい未来への指針。山形浩生訳。
タイトル進歩
サブタイトル人類の未来が明るい10の理由
著者名ヨハン・ノルベリ
出版社晶文社
刊行日2018年04月24日
判型四六判並製
頁数342頁
定価本体価格1850円+税
ISBN978-4794969972