馬・車輪・言語(上) 背表紙
社会の知恵

言語の化石から先史時代はどこまでわかるか

考古学は人間性やかつて生きた人びとの重要性を、そして遠回しながら私たち自身の重要性を認識する一つの方法だ。考古学は、筆記によって記述されなかった過去の日々の暮らしを調べる、ただ一つの学問だ。実際には、それが人類の生きてきたほとんどの時代なのだ。考古学者は文字のなかった時代のもの言わぬ遺物から、驚くような私生活の細部までを探り当ててきたが、文字による記録を残さなかった人びとについて、彼らの考えや会話、あるいはその名前について知りうることには限界がある。

こうした限界を克服し、先史時代の人びとの実際の暮らしにとって重要だった価値観や信条を再び明らかにする方法はないのだろうか? 手がかりはほかの媒体にも残されていないのか? 多くの言語学者は残されていると考える。そして、その媒体は私たちが日々使う言語そのものなのだという。人間の言語には多くの優れた化石が含まれている。言語は、驚くほど昔の話し手たちの名残なのだ。こうした言語上の化石は、「不規則」な形として教師が教え、私たちはただ考えもせずにそれらを学ぶ。〔英語の〕過去形は通常、動詞に-t や-ed を加えてつくることは(kick/kicked, miss/missed など)誰もが知っているし、動詞によっては語幹(ステム)の中心にある母音を変化させる必要があること(run/ran, sing/sang など)もわかっている。しかし、この母音変化がもともとの古い過去形のつくり方であったことは、総じて習わない。それどころか、動詞の語幹の母音を変化させることは、おそらく5000年ほど前には過去形をつくる通常の方法だったのだ。それでも、その当時、人びとが何を考えていたのかについて、このことからわかるものは少ない。

今日、私たちが使う言葉は、本当に5000年ほど前の人びとの語彙の化石なのだろうか? 語彙リストを作成すれば、過去の暗がりの多くの部分に光明を投じることになるだろう。言語学者のエドワード・サピアが述べたように、「一つの言語の完全な語彙というものは実際、その共同体が関心を注いだあらゆる考え、事柄、職業の完全な目録と見なせるかもしれない」。じつは、5000年ほど前に話されていた言語の一つに関して、相当な語彙リストが再構築されてきた。その言語は現代の英語の祖先であるだけでなく、ほかにも多数の古今の言語の祖先なのだ。この同じ母言語から枝分かれしたすべての言語は一つの家族、つまりインド・ヨーロッパ語族に属している。今日、これらの印欧諸語を話す人びとはおよそ30億人いて、ほかのどんな語族の言語を話す人びとよりも多い。「インド・ヨーロッパ祖語」〔Proto-Indo-European、略称はPIE、印欧祖語または基語〕と呼ばれるその母言語の語彙は約200年にわたって研究され、その2世紀のあいだ印欧研究のほぼすべての側面に関して、意見の不一致が激しくつづいてきた。

しかし、不一致は熱を帯びると同時に、光も生みだす。本書は印欧祖語を取り巻く中心的な謎を、いまならば解くことが可能であると主張する。すなわち、誰が、いつ、どこでその言葉を話していたのかを。考古学者と言語学者は何世代ものあいだ「原郷」問題をめぐって激しい論争を繰り返してきた。多くの学者は、それを追究することすら賢明なのか疑いの目を向ける。過去には、ナショナリストや独裁者たちがその原郷が自国内にあり、自分たちの優れた「人種」に属するものだと主張した。しかし今日、印欧語学の言語学者たちはその手法を向上させ、数々の新しい発見をしている。彼らは印欧祖語の語彙から何千語もの基本形と意味を復元してきた。それ自体が驚くべき偉業だ。それらの単語を分析すれば、それを話した人びとの考えや価値観、懸念事項、家族関係、それに信仰を説明することができる。しかし、まずは彼らがいつ、どこに住んでいたのか見当をつけなければならない。印欧祖語の語彙を、一連の具体的な考古学的遺物と組み合わせられれば、通常の考古学の知識の限界を超え、これら特定の祖先についてはるかに豊かな知識を得られるかもしれない。

ほかの多くの研究者と同様に私も、印欧祖語の原郷は、今日のウクライナとロシアの南部に相当する黒海とカスピ海の北のステップにあったと考える。ステップを原郷とする主張は、一つにはステップで新たな考古学的発見が急速に増えているために、今日では勢いを得ている。ステップに印欧祖語の原郷があったことの重要性を理解するには、ステップ考古学の複雑で魅力的な世界へ飛び込む必要がある。ステップとは、農業国ロシアの言語では「荒地」を意味する。ステップは北米のプレーリーに似ていた。劇的に変化する広大な空の下にどこまでもつづく単調な草の海だ。帯状につづくステップは、西は東欧から(この帯状地帯はオデッサとブカレストのあいだで終わる)東は中国の万里の長城まで延びて、ユーラシア大陸の中心を7000キロにわたって横断する乾燥した回廊をなす。この広大な草原は何千年ものあいだアイデアや技術の伝播を妨げる事実上の障壁となっていた。北米のプレーリーのように、そこは徒歩で旅をする人間を寄せつけない環境だった。そして北米の場合と同様に、草原を開放した鍵は馬であり、ヨーロッパのステップではそれに家畜化された草食動物──羊と牛──を組み合わせ、草を加工〔消化〕させることで、人間に役立つ製品に変えるようになった。馬に乗って牛と羊を牧畜した人びとはやがて車輪を手に入れた。そうなると、彼らはほぼどこへでも群れのあとを追い、テントや備品は重い四輪荷車(ワゴン)を使って運ぶようになった。中国とヨーロッパの先史時代の孤立した社会は、馬が家畜化され、幌付きワゴンが発明されてからようやく、お互いの存在に漠然と気づくようになった。輸送に関するこれら二つの新技術が合わさったことで、ユーラシアのステップに住む人びとにとって、暮らしは予測可能で生産的なものになった。ステップの開放──人を拒む自然の障壁から、大陸をまたがる情報の回廊への変容──は、ユーラシアの歴史的発展の力学を恒久的に変えた。そして、それが印欧語派の最初の拡大に重要な役割を担ったのだ。

(『馬・車輪・言語(上)』より抜粋)

書籍データ

馬・車輪・言語(上) 表紙
概要今日、世界の30億人が話している印欧語。言語学者は、英語、ヒンディー語などに分岐する前の祖先語の系譜をたどった。すると最も古い祖語の中に「馬」「車輪」「羊毛」といった単語が現れる。その言葉を話していた祖先は元来どこにいたのか? なぜこれほど拡散できたのか? 考古学者が、馬の家畜化、騎乗、車輪の痕跡を追跡してみると、導かれたのはメソポタミアでもエジプトでもなかった──。人類の文明化、文明の拡大をもたらした真の要因とは何なのか? ユーラシア全域を股にかけ、文明誕生前夜の世界を生き生きと描き出す。考古学の壮大なる挑戦。
タイトル馬・車輪・言語(上)
サブタイトル文明はどこで誕生したのか
著者名デイヴィッド・W・アンソニー
出版社筑摩書房
刊行日2018年5月30日
判型四六判上製
頁数416頁
定価本体価格2900円+税
ISBN978-4480861351