美女と野獣[オリジナル版] 背表紙
こころの知恵

読書感想文で恋愛について語るときの基礎知識

『美女と野獣』という題名は広く知られていますが、今日の日本で、原作を知る人はほとんどいません。たいていは、「ディズニー映画で見ました」という答えが返ってきます。また、一般に「美女と野獣」といえば、民話をもとにしたディズニー映画と考える人が多いようです。

しかし、それは誤解と言わねばなりません。物語の歴史を遡ってゆくと、その源には、著者も刊行年もはっきりした文学作品があるからです。

『美女と野獣』(La Belle et la Bête)というタイトルの創出者──つまり最初の『美女と野獣』を書いたのは、18世紀フランスの作家ヴィルヌーヴ夫人(1685-1755)です。当初それは、1740年にオランダのハーグで刊行された物語集『アメリカ娘と洋上物語』の第一話として書かれました。

†ヴィルヌーヴ夫人とボーモン夫人

ヴィルヌーヴ夫人の名とその『美女と野獣』があまり知られてこなかったのには理由があります。

そもそも、オリジナル版は妖精物語(フェアリーテイル)としては長いので、万人向けと言いにくいのは確かです。しかも、作者の死後まもなく、その存在をかき消すような出来事が起こりました。もう一人の女性作家ボーモン夫人(1711-1780)が『美女と野獣』を子供用に要約して書き直し、自身の教育読本『こどもマガジン』に載せると、これがたちまち有名になったのです。

ボーモン版は世界中で愛読され、民話の世界にも浸透してゆきました。そのため、オリジナル版は長いあいだ埋もれていました。今日に至るまで、『美女と野獣』は書籍、映画、ミュージカル等々、さまざまなジャンルで翻案され、無数の作品に生まれ変わりましたが、そのほとんどはボーモン版を土台にしています。

†オリジナル版の登場人物たち

筋が単純ですっきりとしたボーモン版とは異なり、複雑で過剰な印象がヴィルヌーヴ版の第一の特徴です。作品の長さはボーモン版の約九倍で、登場人物の数でもボーモン版をはるかに上回っています。ベルの家族は父のほかに兄が六人、姉が六人もいます。

魔法の宮殿でベルが会うのはベットだけではありません。夜ごとの夢に美貌の貴公子が現われ、謎めいた言葉でベルに求愛します。それがベットの分身だと気づかないベルは、醜く愚かなベットより美しく才気ある貴公子に惹かれるのです。

王子とベルの庇護者である妖精も時々ベルの夢枕に立ち、謎めいた言葉でベルを励まします。

このほかに、姉たちの求婚者たち、合唱でベルを楽しませる鳥たち、話し相手のオウムたち、踊りや芝居を披露する猿たち、ベルの身の回りの世話をする雌猿たちが宮殿に住んでいます。

さらに後半では、ベット(王子)の母である女王、王子を野獣に変えた悪玉妖精、ベルの本当の父母、妖精界の最古参「いにしえ婆」などが登場します。

ボーモン夫人は、父親、兄三人姉三人とベット(王子)を残して、それ以外の登場人物はほとんどすべて削除しました。

†おとぎ話の語り手たち

オリジナル版の第二の特徴は、第一の語り手に加えて、王子と守護妖精という第二、第三の語り手が後半に登場すること、それによって物語の舞台裏が明かされ、事実関係が詳しく説明されることです。

第一部はベルが実家に一時帰宅して父親と語らう場面で終わり、第二部のはじめのほうでベルはベットに愛を告白し、ベットはもとの姿に戻りますが、(一般によく知られているディズニー=ボーモン版と違い)物語はそこで終わりません。王子の母である女王と守護妖精が現われ、ベルと王子の婚姻の是非を議論しはじめます。気位の高い女王はベルの身分の低さをどうしても容認できません。

そこで妖精はベルの本当の出自を明かします。商人は育ての親にすぎず、実の父親は王子の叔父にあたる幸福島の王、母親は守護妖精の妹にあたる妖精だというのです。

ヴィルヌーヴ夫人が作品の各所で開陳する独自の妖精理論によれば、妖精は人間より身分が上ですから、身分ちがいの問題はこれで解消します。すると今度は、ベットと妖精がそれぞれ語り手となって物語の舞台裏を明かしていきます。

第二部で語られる「ベットの話」では、王子(ベット)が父王の死からそれまでの出来事を詳しく語ります。

王子には多忙な女王に代わって教育してくれた醜い老妖精がいました。王子に老いらくの恋をした老妖精は、王子が求婚に応じないのを忘恩と決めつけ、女王が外見の問題を示唆したのをきっかけに怒りを爆発させ、王子をベットに変身させます。

王子の視点から生々しく描かれる変身の様子は、オウィディウス(古代ローマの詩人)やアプレイウス(帝政ローマの作家)の変身譚を想起させて興味深いところです。

それはともかく、重要なのは変身の際に老妖精が王子にかけた呪いの内容です。素性を隠し、才気を隠し、醜く愚かな獣の状態で、若く美しい娘から愛され求婚されること──それが、もとの姿に戻るための条件だったのです。

動物や怪物に変身させられた王子がもとの姿に戻る話は、それまでにもペロー、ドーノワ夫人、ラント夫人ら(17〜18世紀のフランスの作家)によって書かれていましたが、それらの物語の王子たちは王子という肩書きを隠しませんでしたし、外見のハンディを補うにあまりある才気でヒロインを魅了するのが常でした。

しかし、ベットに課せられたのは、知的な魅力をも含むいっさいの「飾り」の使用停止という厳しいハンディです。その状態で、善良さという手段だけでベルの心を捉えねばなりません。ベルを訪問するベットが無粋で野暮な質問しかしないのはそのためです。そこからわかるように、ベットという名前には、獣という意味だけでなく、愚か者、という意味が込められていました。しかしボーモン夫人は「ベットの話」を跡形もなく削ってしまったため、『美女と野獣』の核心を説明するこの部分は長いあいだ知られずにいました。

ボーモン版にはない「ベットの話」には、ほかにも、多数の興味深いエピソードが含まれています。たとえば、商人が運命のバラを摘んだバラのアーチはベットが自ら庭いじりをして拵えたものであること、商人が宮殿で体験したことはすべて妖精が仕組んだことで、ベットはその指示に従っていたこと、ベットがベルの生活の一部始終をのぞき見ながら、陰で喜び、焦り、苦悩していたこと……。こうして、物語をベットの視点から語り直すことで、普通の妖精物語が語らない物語の舞台裏を次々に明らかにしてゆきます。

さらに続けて語られている「妖精の話」は、俯瞰的な視点からあらためて、ことの顚末を解説します。羊飼いに変装した妖精(語り手である妖精の妹)と幸福島王の出会い、正体を隠したまま結婚してベルが生まれたこと、悪玉妖精の告発により母妖精は投獄され、いにしえ婆によって「将来怪物と結婚する」という呪いがベルにかけられたこと、悪玉妖精は王子のみならず幸福島王にも言い寄っていたこと……。

「ベットの話」と「妖精の話」を総合すれば──ベルとベットそれぞれにかけられた呪いは、両方が成就することで互いを打ち消し合うことになります。それに気づいた守護妖精は、ベルがベットの宮殿に間違いなくたどり着けるよう陰で奔走し、二人が出会ったあとも、ベルがベットに心を捧げるよう、夢枕に立って励ますのです。

こうしてオリジナル版の物語は、主たる語り手に二人の登場人物兼語り手を加えた三つの異なる視点から多面的に語られることになります。さらに、ベットと妖精は結末の直前から過去を振り返って語るので、物語は時間的にも多方向から語られ説明される仕組みになっています。

おとぎ話は一人の語り手が出来事を起こった順序に従って語るのが普通ですが、『美女と野獣』はそれとはまったく異なる構造を持っています。そうした特殊性をすべて削ぎ落とすことで、ボーモン版は逆に物語に民話のような素朴なスタイルを与えたのです。

†恋愛論としての『美女と野獣』

オリジナル版でしか読むことができない(ボーモン版が削除した)『美女と野獣』の重要な特徴は、いずれも先行する文学伝統との強い関係性のなかで生まれています。

この伝統は、アンドレアヌス・カペルラヌスの『宮廷風恋愛について』(12世紀)やギヨーム・ド・ロリスの『薔薇物語』(13世紀)に代表される中世の恋愛観、さらにはイタリア・ルネサンス期の哲学者フィチーノを介してフランスに普及したプラトンの愛の理念ともつながっています。

しかしなんといっても『クレリ』と「恋愛地図」が提起した問題──友情はいかにして愛に発展するか──が、『美女と野獣』の核心を形成したことは間違いないでしょう〔『クレリ』と「恋愛地図」については『美女と野獣 オリジナル版』(白水社、2016)pp. 168-171を参照〕。

『美女と野獣』だけでなく、17世紀末以降に書かれた妖精物語の多くは、それぞれの仕方で同じ問題に応答しています。そこでは醜さと美貌、愚かさと才気、邪悪と善良さなどが多様な組み合わせで王子や王女に付与され、それぞれの恋愛論を形成しています。

これらの物語は、愛をめぐる真摯な文学的考察のなかで、また文学作品同士の対話のなかで生み出されていったのです。いわゆる民話とは区別されるべきであることは、これでおわかりいただけたものと思います。

『美女と野獣』を民話のように扱い、深層心理学を援用しながら、そのなかに集団的無意識、セクシュアリティーの問題を見る論文はこれまでたくさん書かれてきました。しかしオリジナル版は、むしろきわめて意識的に恋愛心理を追究した、真摯な恋愛論として見直されるべきでしょう。

(『美女と野獣[オリジナル版]』より抜粋)

書籍データ

美女と野獣[オリジナル版] 表紙
概要ディズニー映画で有名なおとぎ話は、本当はこんな物語だった! 森の奥深く、バラに囲まれた魔法の宮殿を舞台に、16歳のベルと守護妖精たちがくりひろげる華麗なるファンタジー。美女(ベル)と野獣(ベット)の「めぐりあわせ」に秘められた、いくつもの謎がついに明かされる──。フェアリーテイルの名作をはじめて日本語に訳した完全版。ウォルター・クレインの挿絵付。藤原真実訳。
タイトル美女と野獣[オリジナル版]
著者名ガブリエル=シュザンヌ・ド・ヴィルヌーヴ, 藤原真実
出版社白水社
刊行日2016年12月10日
判型四六判
頁数174頁
定価本体価格1700円+税
ISBN978-4560095256