焼肉大学 背表紙
身体の知恵

不眠にはサンチュが効く!?

焼肉をおいしくいただくのに、柔らかい生野菜に包む方法がある。サンチュ(チシャ)がもともと使われていたが、サニーレタスがよく使われるようになった。同じ仲間のものに代わったのである。いずれも脂身の肉を焼いたものにはよく合う。肉と生野菜という組み合わせからいってもバランスのとれた食べ方だ。

焼けてくる肉をそのまま「もりもり」食べるよりも、ときどき漬物や生野菜を口の中に入れれば「口直し」にもなり、肉がますます進むというわけである。肉をしっかり食べて体力をつけようとするときには、もってこいの食べ方だろう。

肉だけでなくご飯も包んで食べる。否、もともとは、この食べ方こそサンチュの利用方法だった。ごく近年に焼肉料理法が身近になって、ご飯を包むべく準備しておいた生野菜のサンチュに焼けた熱い肉をくるんでいただくと便利だったので、この食べ方が定着していったのである。

サンチュとは「生菜(センチェ)」という呼称が変遷したもので、生菜(センチェ)、生(セン)チ、生(セン)チュ、サンチュなどを経過しているようだ。ご飯などを包んでいただく食べ方をサムという。サムとは包むということで、サムパプは包みご飯の意味である。

ところが包むサムという食べ方と、サンチュという野菜名とを混同している人たちが多い。サンチュと呼ばずにサムチュと呼んでしまっているのだが、これは大間違いで、ご飯や肉を「サンチュ」で「サム」するわけである。

白いご飯を生野菜で包んでも、とくに味がついていないので、味は別につけるのだ。生野菜に匙でよそったご飯をのせ、それに「調味料」をつけるわけである。この調味料を「サム醤(ジヤン)」と呼ぶ。みそ仕立ての味だが、うま味に辛味、そして甘味が使われていることもある。肉をいただくときには、肉のうま味で十分である。焼肉料理で食事をするとき、この生野菜のサンチュの存在価値はまことに大きいといわねばなるまい。

眠りを誘うサンチュ

朝鮮半島でこの野菜が食べられるようになったのは、古代の三国時代のことである。

中国の隋の国に行った高句麗の商人が珍しい野菜を見つけたのである。それを求めようとしたところ、欲しがっているのを見抜いた隋の商人は、べらぼうな値段を吹っかけたらしい。

それでもその種子が欲しかった商人は高い金を払って持ち帰ったという。そこからこの野菜は一名「千金菜」と呼ばれるようになった、ということが『海東繹史』(十九世紀初め)に記録されている。一般には「萵苣(かきょ)」と呼ばれながら、千金菜の別名があったわけである。「千金」をも出してこの菜の種子を求めたのは、当時の朝鮮半島に存在しない菜であったからである。

チシャはキク科の植物で英語ではレタスと呼ばれ、タンポポやシュンギクもその仲間である。現在このチシャの萵苣には種類が多くあるが、きわめて清潔な野菜のイメージと生食に適した柔らかいテクスチャーが特色といえる。緑色から(紫がかった)茶褐色にと幅が広いが、あまり虫に食われない利点を持っているのだ。

ダイコン、白菜、キャベツなどの野菜は栽培中に虫に食われる。いまでこそ農薬の発達で虫にやられずに、きれいな作物として育てることはできるが、むかしはそうではない。もし葉っぱ類が虫に食われて、あちこちと穴が空いているとするなら、見た目にそう気持ちのよいものではなかっただろう。その点、サンチュのチシャは、夜盗虫(ヨトウムシ)などの一部にはやられることがあるが、他の虫はほとんど寄りつかない。発芽直後の幼いのは、ナメクジなどにやられることはあるが、少し生長すると、もう大丈夫である。

虫をつきにくくさせている理由は、葉からにじみ出る乳白色の汁の成分にあるらしい。

成分はレタスオピウム、ラクタカリウムと呼ばれるが、種類によってこの乳汁の量が異なってくる。乳汁の多いのがどちらかといえば野生種に近く、栽培種にはそれが少ない。ラクタカリウムの効用として神経の鎮静作用、または催眠、鎮咳作用のあることがよく知られ、漢方薬でも利用されてきた。

とりわけよく知られているのは、チシャのサムでご飯を食べると眠くなるということである。ラクタカリウムが神経を鎮静させ、催眠を促すが、その上食事をすることによる満腹感の相乗作用が、いっそうの催眠効果をもたらし、心地よい眠りを誘うのである。このためサンチュは朝食にはあまり利用されず、昼食、夕食に向くものとされている。

農村では、ちょうどサンチュのとれるときが農作業の多忙なときである。働いたあとの昼食にサンチュサムをしっかりと食べて、昼寝のひとときをぐっすり眠り、また農作業に精を出すというのが、農村地帯の生活の知恵であった。

旬は秋。朝鮮半島の諺ことわざに「秋のサンチュは戸を閉めて食べろ」というのがある。誰にも分からないように、自分たちだけで味わおう、という意味だ。

八月末から九月初めにかけてまいたサンチュが、残暑で発芽、生長すると、秋の清涼な気候の時に、もっとも柔らかく育ってくれる。秋は食欲の季節。さわやかな外気の中で、サンチュサムが最高においしさを発揮してくれることになる。

サンチュにご飯を盛り、それに調味料のサムジャンをつけて食べるのが普遍的な方法で、サムジャンにはコチュジャン(トウガラシみそ)がよく使われる。このことからやはり諺には「サンチュにはコチュジャンが抜けてなるものか」といわれてきた。サンチュとコチュジャンとは切っても切れない関係であることを意味し、そのような関係にある事象をたとえる言葉に、よくこの諺は引用される。

ご飯などを包むサム料理にはエゴマ(荏胡麻)の葉やカボチャの葉、大豆葉もまたよく使われる。シソ科の植物で青シソとほとんど見分けがつかないのが、エゴマである。青シソより葉がしっかりして、香りが強いのが特徴だ。最近これを焼肉店で食べさせてくれるところが、見受けられるようになってきた。

韓国・朝鮮食品材料を扱っているところでなら、生の葉をそのまま売っているし、みそ・しょうゆに漬けた「醤(チャン)アチ」も求められる。生葉に焼肉をくるめばエゴマの香りが際だち、肉の味わいをいっそう楽しいものにしてくれる。

ちなみにエゴマには生食することで、肉類の焦げたところからつくられる発癌性物質を抑えてくれる効果のあることが確認されている。焼肉料理にぴったりの生食野菜といえようか。

カボチャの幼葉は白い「すじ」の部分を引き取り、軽くゆでるとトゲがなくなる。この葉でご飯を包むサム料理も格別な味わいである。蒸すと柔らかすぎるので、焼肉を包むのには適さない。

夏の盛りの頃の大豆葉の少し上の方の柔らかいところも、蒸せばサム料理に合ってよい。

焼肉店で、これらのサム料理に出合うことはないだろうが、家庭料理店では食べさせてくれるところがあるようだ。

(『焼肉大学』より抜粋)

書籍データ

焼肉大学 表紙
概要モランボン味の研究所所長、全国焼肉協会顧問、焼肉トラジ顧問を歴任した業界のご意見番による焼肉本の決定版。焼き肉店のメニューの一つ一つを、サイドメニューや酒も含め、歴史的背景にまでさかのぼり解説。在日朝鮮・韓国人が編み出した日本式の焼肉のうんちくだけでなく、本場朝鮮半島の食文化史もこの一冊でおさえることができる。著者は「焼肉学」を日本の公立大学の科目として認めさせた人物として、広く尊敬を集めており、某有名焼肉店では、この本を新人研修の教科書に使っている。
タイトル焼肉大学
著者名鄭大聲
出版社筑摩書房
刊行日2017年11月9日
判型文庫判
頁数293頁
定価本体価格780円+税
ISBN978-4480434807