樹海考 背表紙
社会の知恵

樹海には非日常が潜む──徘徊する老姉妹編

・謎の宗教施設の取材に向かうと……

とあるサブカル系の雑誌から取材の依頼が来た。

「樹海の中にあるナゾの新興宗教を取材して欲しい」というものだった。

担当の女性編集者と車で現場に向かった。そのナゾの新興宗教施設については次の項で書くとして、どこにあるのか大体の位置しか分からずに現場に向かった。

精進湖の近くにあるレストラン「ニューあかいけ」で聞きこみをする。ここは樹海に来た時にはちょくちょく寄るレストランだ。「鹿カレー」「富士山ハンバーグ」などのオリジナルメニューがある。お土産屋さん、ヘラブナ釣りの出船、宿泊施設まである。

店のおばさんに話を聞く。

「ああ、乾徳道場さんね。向こうの消防署の裏に登山道があるからそこを登っていくとあるみたいよ」

「ニューあかいけ」の前には、富士五湖消防本部河口湖消防署上九一色分遣所という施設があり、救急車が停まっているのが見えた。

普通に走っていてはまず気づかないが、おばさんの言うとおりたしかに消防署の裏に続く車道があった。ほとんど使われていないのか、枯れ葉が積もり少し荒んだ雰囲気だったが廃道ではなく、生きた道路だった。

「ここを進んでいけば、その宗教施設に着く……のかな?」

「……そうみたいですね」

と、編集さんも不安の色を隠せないが、道を進んでいった。かなり急勾配の上り坂である。途中、祠や道標の石碑があり、なんだかより一層不安な気持ちになってくる。

ただ、道路はアスファルト舗装されていて歩きやすい。

しばらく歩いたところで、

「両親兄弟をもう一度思い出して……」

という自殺防止の看板が出てきた。そしてその横には、いかにも雰囲気のある山道が延びている。この道は舗装されていない。

「せっかく樹海に来たんだし、ちょっと寄り道して行きましょうか?」

と編集さんに提案してみる。編集者にとってもネタは多くて困ることはない。時間もまだ午前中で余裕があったので道草を食うことにした。

・ビニールシートに包まれた蠢く塊

しばらく道を進んでいくと、編集さんが飛び跳ねながら叫びだした。

「見つけちゃったかも! 見つけちゃったかも!! 」

編集さんが指差す先を見てみると、たしかに何か人工物が見える。ただ距離がかなり離れているのでよく見えない。

カメラの望遠レンズで見てみると、ビニールシートに包まれた塊のような物が見えた。

「たぶん、ゴミじゃないですかね」

と、急にその塊がガサガサガサッと動き出した。ビックリしたのなんの、ギャッと叫び声をあげてしまった。

生きている人間がいることは確認できたものの、どんな人物がいるかまではわからない。
離れることも、近寄ることもできない。

すると、編集さんが言い出した。

「わたし、ちょっと警察呼んできます」

携帯電話は持っていたが、電波は届いていなかった。編集さんは、ここでちょっと待っていて下さいと言って、来た道を戻っていってしまった。

誰だか分からない人が数メートル先にいる状況で青木ヶ原樹海に一人で置いていかれるのはたまらなく不安だ。

とにかくそのあたりから目を離さず、ジッと立ち尽くす。

三〇分以上経っても、編集さんは戻ってこない。尿意を催してきたが、やはり目は離せない。目だけはじっとテントを見たままオシッコをした。

一時間近く経って、やっと編集さんは戻ってきた。

「110番してきました。死体発見の通報は多いけど、生きてる人の通報は珍しいって言われました」

それからまた数十分待ったのだが、警察は全然やってこない。

「この場所が分からないのかもしれません。ちょっと様子を見てきます」

再び編集さんは離れていく。さらに一時間ほど待たされて、やっと警察官二名を引き連れて戻ってきた。

警察官たちは、僕らが躊躇して進めなかった地点をあっさりと突破して、ズンズンと奥に進んで行く。警察官の背後から、僕らもおそるおそるついていく。

・正体は衰弱した老姉妹

ビニールシートの塊の正体は、お手製のテントだった。そしてその近くには、白いレインコートを着た二つの小さい人影があった。

二人は老婆だった。警察が話しかけると、おいおいと泣き叫びはじめた。

「うわあああ!! もう行く場がないんです!! もう死ぬしかないんです!!」

二人は姉妹だという。一緒に死ぬために樹海にやってきた。

警察官はなだめつつ死にたい理由を聞く。

「インターネットで悪口を書かれてるんです〜! だからもうどうしようもないんです!!」

ちなみに取材したのは、二一世紀になったばかりの頃だ。今ほどインターネットは普及していない。

警察官は首をかしげながら、

「おばあちゃんたち、インターネットの意味わかってるのかなあ? 『テレビが私の悪口を言うんです』って言う人はたまにいるけど、その類じゃないかなあ」

と相談している。

お手製のテントの中を覗くと、彼女たちの母親の遺影と位牌だけが置いてあった。老婆たちはほとんど飲まず食わずで、三日間もひたすら位牌を拝んでいたらしい。

積極的な自殺ではなく、そのまま衰弱して死んでいこうと思ったそうだ。二人ともすでにかなり衰弱しているように見えた。僕らがたまたま見つけなかったら、亡くなっていた可能性は高い。

二人は警察官に連れられて、パトカーに乗せられた。位牌など必要な物だけを入れたカバンをトランクに載せた。

警察官たちはこちらを見ると言った。

「通報ありがとうございました。ただあの二人は常習っぽいですね。保護施設で落ち着いたらまた出ていっちゃうんじゃないかな」

せっかく人助けしたのに、嫌なことを言う。

そして、彼らはそのまま去っていった。

なんだか背筋がゾッとして身震いしてしまった。薄気味の悪い体験だったのもあるが、実際に気温が下がってきている。もう夕方になっているのだ。

忘れかけていたが、僕らの目的はナゾの新興宗教施設に行くことなのだ。

慌てて歩き出した。

(『樹海考』より抜粋)

書籍データ

概要人はなぜ「樹海」に惹かれるのか。富士の裾野に広がる巨大な森林であり、都市伝説のイメージで覆われた秘奥の場所──「青木ヶ原樹海」。20年間にわたり総計で100回現場を訪れる第一人者がその真実に迫る。本書では、樹海の成立、歴史的背景から樹海に眠る廃墟、遺物、信仰、探索に必要な装備や向かい方などを網羅する。最前線から伝える、樹海ノンフィクション決定版。
タイトル樹海考
著者名村田らむ
出版社晶文社
刊行日2018年7月27日
判型四六判並製
頁数217頁
定価本体価格1550円+税
ISBN978-4794970527