現代の地政学 背表紙
社会の知恵

モンテッソーリ教育とファシズムを繋ぐある視点

ディスカヴァー・トゥエンティワンから出ているベストセラーで、慶應義塾大学准教授の中室牧子さんが書いた『「学力」の経済学』という本があります。この本では、子どもが何歳ぐらいのとき教育にお金をかけると最も投資効果が高いか、というような、教育を完全に投資として見た分析を行っています。投資のリターンはどの段階が一番大きいか。学童前保育などのプレスクール、保育園、幼稚園、小学校、中学校、中高一貫制学校、高校、大学、大学院、あるいは大学在学中の留学とかいろいろあるけれど、いつが一番投資効果が上がると思いますか?

そこはアメリカにおいてビッグデータの蓄積がなされていて、ごく幼いころにいい教育を受けさせると、将来すごく稼げる大人になるというデータがある。ということは大学院なんかに留学させるために一千万近く使うよりは、生後一〇カ月とか一歳ぐらいから、たとえばファミリアがやっているプレスクールみたいなところに一カ月二四万円で一年間預けたほうが、投資効果としては非常にいいというわけです。

ただ、中室さんが気づいていないことが一つある。それは、こういうプレスクールなどで行われている教育がどういう教育かということです。これも地政学と関係してくるからこういう話をしているわけですけれど、いわゆる英才教育をやっているプレスクールでは、たいていマリア・モンテッソーリというイタリアの精神科医兼教育学者がつくった、モンテッソーリ教育というメソッドが採られている。

マリア・モンテッソーリは、イタリアで女性として一番はじめに総合大学の医学部で博士号を取得した人です。それで配属された先が精神病院だった。今でいうアスペルガーの子どもたちなどを、当時は精神障害と決めつけて隔離していたんです。

それで彼女がその子たちを観察していると、障害を持っているとされる子どもが、ものすごく一生懸命パン屑を集めて、集中して何かをつくり上げている。ほかにもそういうことが、いろいろとあるわけです。そこで彼女ははたと気がついた。子どもというのは大人とまったく別の生き物で、何かにこだわる時期がある。そのこだわる時期はだいたい生後一〇カ月ぐらいから六歳の間で、その時期に本人がこだわることを徹底的にやらせて、そうじゃないことは強制しない。それが非常に重要なんだと。すると障害があると思われていた子どものほとんどが、実は障害ではなく大変な才能を持っている子だったことが明らかになったんです。

それから、同じクラスに同学年の子だけを入れたらダメ。横割りでなく縦割りにして、数歳違いの子どもを同じグループに入れておくと、小さい子はまわりのお兄さんやお姉さんを見て真似をしていく。こういう重層的な教育をしないといけない。そうしたら本当に子どもたちが伸びるというわけです。

このモンテッソーリ式の教育を、けっこうカネをたくさん取る、まさに中室さんが想定しているような投資効果が高いプレスクールではたいてい採り入れているんです。

モンテッソーリ教育を受けた有名人には、どういう人がいるでしょう?

Amazonをつくったジェフ・ベゾスとか、Googleの創業者のセルゲイ・ブリンやラリー・ペイジがそうですね。こういう才能がモンテッソーリ教育から生まれているわけなんです。

モンテッソーリ教育の特徴は、教育を受けた結果、エリートやお金持ちになったとしたら、自分の得たものをほかの人にも分けろと教えていることです。できる人は、自分の持っているものをできない人に分け与えないといけない。世の中には障害児もいれば、すごく才能のある人間もいて、それで社会は成り立ってるんだということを子どものころから叩き込んでいくんです。できる、できないは能力の差というよりも適性の差であると。だから、いわゆる能力のある者は、その能力を他者のために使うのが当たり前である。自分のためにその儲けを独り占めしてはいけない。社会に貢献しないといけないということを、子どものうちに刷り込んでしまう。そうするとモンテッソーリ教育を受けた子どもは、大人になってから、まわりの人たちにいろんなものを分け与える人になるんです。

聖書の使徒言行録のパウロが伝えたイエスの言葉で、「人は受けるよりも与えるほうが幸せです」というのがありますが、あれは非常に深い人間心理を突いています。与えること、それがすごく重要なんです。与えるから得ることができる。

だからモンテッソーリ教育では、自分の能力を最大限に伸ばす教育と同時に、与える教育をするわけです。だからモンテッソーリ教育を受けた人たちは、社会で成功していくと言える。

中室さんの『「学力」の経済学』では、親は子どもの年収を増やそうと思ってそういう教育をするんだけれども、その結果、逆に子どもは我利我利亡者型の大人にはならない。人間の能力には差があるし、競争に向いているかどうかは適性がある。だから優れた人間が手にしたものは、みんなで分かち合わなきゃいけないと考える人間になる。「一人は万人のため、万人は一人のため」ということになるわけです。実はこれはファシズムのスローガンでもあるんです。マリア・モンテッソーリは本来、ノーベル生理学医学賞を取ってもおかしくない人だったんだけれども、取れなかった。なぜ取れなかったかというと、それはムッソリーニと親しかった時期があったからなんです。

地政学との関係において、すごく重要なのがファシズムです。地政学とファシズムは重なる部分もあれば、重ならない部分もある。

われわれはかつて、ファシズムという考え方をあまりにも簡単に処理してしまった。ナチズムの仲間ぐらいに思って処理してしまったんです。ナチズムは確かに広義のファシズムの一部ではあるんだけれども、あの「血と土地の神話」のようなものを信じて、そこからユダヤ人絶滅政策が出てきて、それで全世界を敵に回して戦うなどという異常な思想が出てくるのは、これはドイツの極めて特殊な事情に基づくものです。ナチズムに普遍性はありません。ドイツの病理現象にすぎないのです。

(『現代の地政学』より抜粋)

書籍データ

現代の地政学 表紙
概要イギリスのEU離脱で揺れるヨーロッパ、泥沼化する中東情勢、「イスラム国」の脅威、世界に広がるテロ・難民問題、覇権国家の思惑、宗教・宗派間の対立……複雑に動く国際情勢を読み解くには、いま「地政学」の知見が欠かせない。各国インテリジェンスとのパイプを持ち、常に最新の情報を発信し続ける著者が、現代を生きるための基礎教養としての地政学をレクチャーする。世界を動かす「見えざる力の法則」の全貌を明らかにする、地政学テキストの決定版!
タイトル現代の地政学
著者名佐藤優
出版社晶文社
刊行日2016/7/23
判型四六判
頁数320頁
定価本体価格1500円+税
ISBN978-4794968265