英語教育幻想 背表紙
社会の知恵

その幻想が日本人の英語をダメにする

英語に限らず外国語を学ぶ際、だれから教わるのが最適なのか、と問われると、もちろんネイティブスピーカー(母語話者)と答える人が大半でしょう。英会話学校でも従来からネイティブスピーカーが数多く雇われていますし、小・中・高校では、ネイティブスピーカーのALT(外国語指導助手)が英語の授業の補助をするようになってきました。

しかし、世界英語やELFの概念が、正統なことばの形は何なのかという疑問を投げかけるように、だれが正統な英語の使用者なのか、という問いも熟考する必要があります。実際、ことばの基準と使用者の基準とは密接な関係にあります。そしてここでも言語イデオロギーの力が働いているのです。では、なぜネイティブスピーカーが好まれるのか考えながら、その問題点を洗い出していきます。

†ネイティブスピーカーは「生きた英語」を話す?

授業を英語で行うことを基本とすることを前提に、生きた英語に触れるとともに、実際に英語を活用するという観点から、ネイティブ・スピーカーの外国語講師や外国語指導助手(ALT)、地域人材の活用・指導力向上を推進することが必要である。

これは、2014年に文部科学省に設立された英語教育の在り方に関する有識者会議第5回会議の配布資料にある、指導体制に関する論点です。冒頭に授業を英語で行なうことが述べられていますが、ここでは、ネイティブスピーカーの役割について考えてみます。

この引用には、ネイティブスピーカーと対話することで「生きた英語」に触れることができるという前提があります。「生きた英語」というのは英会話学校などでも宣伝によく使われる常套句です。しかし、「生きた英語」とはそもそもどんな意味なのでしょうか。

「生きた英語」の反対は「生きていない英語」「息をしていない英語」なのでしょうか。おそらく「生きた英語」という表現の裏に隠されているのは、発音がきれい英語らしい感覚よどみなく自由に使えるなど規範的な意味合いでしょうが、ここでもやはり言語の基準に関する前提が見え隠れしています。

つまり、ここには価値判断があります。生きた英語を話すのはネイティブスピーカーであり、その反対に、きたない、あるいはわかりづらい発音で話される英語らしくない英語は、生きていない英語でよろしくないという見方です。そして、きれいな発音を使う英語話者は、中心円の国々の標準的な英語、とくにアメリカ・イギリス標準英語の話者であると広く信じられています。

しかし前章で見たように、英語の話者は中心円の標準英語を操るネイティブスピーカーだけではありません。英語のネイティブスピーカーには、外周円の国々の英語話者、つまりシンガポールやインドの話者なども含まれます。しかし、これらの英語ネイティブスピーカーがALTや英会話教室の講師として活躍しているかというと、その数は圧倒的に少ないと言えます。

†JETプログラムや民間語学学校では

たとえば、JETプログラム(語学指導等を行う外国青年招致事業)で雇用されるALTの数を見てみましょう。1987年から始まったJETプログラムは日本政府の事業で、国際交流や外国語教育のために青年外国人を招致することにより、地域の国際化を推進していくことを目的としています。年々参加国の枠が広がり、2017年度では、ALTの出身国が23カ国となっています。この中にはほんのひと握りの英語以外(中国語・フランス語・韓国語・ドイツ語・ロシア語など)の指導助手も含まれていますが、99パーセント以上は英語指導助手です。そして、実にALTの92パーセントが中心円の国々の出身者です。さらに、ALTの全体の60パーセントは米国から雇用されています。米国偏重に関してはのちの章でもう少し詳しく吟味することにします。

ただし、現在、ALTの応募要件には、ネイティブスピーカーの言及がありません。現代の標準的な発音、リズム、イントネーションを身に付け、正確かつ適切に運用できる優れた語学力を有していること。また、論理的に文章を構成する力を備えていることとだけあります。ということは、ALTにはノンネイティブスピーカー(非母語話者)も含まれているのでしょうか。これについては、資料が見つかりませんので、何とも言えません。しかしおそらく、「現代の標準的な発音、リズム、イントネーション」と規定するということは、基本的にネイティブスピーカーの雇用を想定していると考えてよいでしょう。

民間の語学学校では、明らかにネイティブスピーカーを指定し公募している場合が多く見受けられます。たとえば、Looking for a native English instructor(英語のネイティブスピーカー求む)といった求人広告がインターネットに掲載されます。とくに「生きた英語に触れる」機会となると、ネイティブスピーカーの需要が高まるのでしょう。

一般的に、英語教育における英語のネイティブスピーカーとは、「英語を母語として使用する者」と定義できます。しかし実際のイメージには、ただ単に英語を母語とする者というだけではなく、中心円の標準英語を使用する者という印象がつきまとっています。

(『英語教育幻想』より抜粋)

書籍データ

英語教育幻想 表紙
概要国際化の必要性が叫ばれ始めた1980年代以降、英語教育は常に議論され続けてきたが、特にここ数年「グローバル人材」育成に向けて様々な提言がされてきている。小学校からの早期英語教育、英語による教室指導、外部テストの導入、教員の英語力強化などだ。その裏側には、「英語は全世界の人々をつなぐ」「英語力は経済的成功をもたらす」という、ほとんど信仰のようなものが横たわっている。しかしそれは本当なのだろうか? 海外の大学で25年教鞭をとってきた言語教育学者が、日本人の中に深く根を張る「英語への信仰」と「幻想」を、10のポイントに分けてあぶりだす。
タイトル英語教育幻想
著者名久保田竜子
出版社筑摩書房
刊行日2018年8月6日
判型新書判
頁数247頁
定価本体価格820円+税
ISBN978-4480071569