サバイバルボディー 背表紙
身体の知恵

短パン姿で雪山を登る! エクストリームな肉体改造。

私たちのヘッドランプの列がアフリカの夜の漆黒の闇を切り裂き、緩やかな砂利道を照らす。縦一列でさらに北へ、年間少なくとも八人の登山家の命を奪う火山をめざして移動する私たちの足元で、アルミ製のポールと登山靴がきしむような音を立てる。みんなの呼吸は荒くリズミカルで、まるで空気が抜かれていく部屋に閉じ込められているかのようだ。肺いっぱいに吸い込んだらそれが最後とでも言わんばかりの息遣いが聞こえる。闇の中で全員が集中し足並みをそろえてのろのろ前進していると、やがてオレンジ色の曙光が地平線をつかみ、夜の闇を引き剝がす。山頂の輪郭がくっきり浮かび上がってくる。最初は、針で刺したみたいに点々と星をちりばめた空に星のない暗い紫の空間があるだけだが、天が夜の抱擁を振りほどくにつれて、太陽が山頂の氷河を狼煙のように燃え立たせる。

キリマンジャロ。

アフリカの最高峰は太陽をたっぷり浴びたサバンナから、雲の上高くそびえている。そこでは時速一六〇キロを超える風が、アフリカ大陸でおそらく唯一残る太古の氷に吹きつける。こんなに近くで見るのは初めてで、興奮しているのか怖じ気づいているのか自分でもわからない。山はこれまで二〇時間、雲と山麓の丘陵地帯の陰になっていたが、巨大な火成岩の断崖絶壁はもはや脳裏に浮かぶイメージではなく、きわめて危険な現実の障害物だ。国立公園の入り口からしばらくは緩やかな上り坂が続くが、二五キロ地点で突然数キロの平坦地に変わり、盆地に円錐形の火山がそびえ、不毛な吹きさらしの荒れ地へと続いている。生命の気配はなく、月面を思わせるベースキャンプがあるだけだ。そのキャンプから私の人生最大の挑戦が始まる──自分を人間の忍耐の限界まで押しやるのだ。毎年何千人もの旅行者がこの山の頂をめざすが、多くの場合、楽なルートで最先端の装備を身に着けている。一方、私たちは高度順化せず、食事は抜きと言ってもいいくらいで、睡眠もほとんどとらず、何より防寒用の装備を持たずにスピード登頂の記録を更新することをめざしている。私が身に着けているものといったら登山靴、水着、ウールの帽子、それに緊急用の装備を少しと水を入れたバックパックだけだ。胸はむき出しで冷たい空気にさらされている。

防寒具で完全装備した山岳ガイドの一人が心配そうに私を見つめていたが、しまいに我慢できなくなって口を開く。「お願いですから何か着てください」と、私の肌が露出しているのを気にしている。

もっともな話だ。太陽が昇っても、気温はすでに氷点をだいぶ下回っていて、上に行くほど寒くなる一方だ。

このガイドは知らないだろうが、私は寒さなんかへいっちゃらだ。むしろ寒さがポイントだと言っていい。私には自分の皮膚が寒さを通さない鎧のように感じられる。それは必死で登っているので体が対応しきれないほど熱を発しているせいでもあるが、別のレベル──私がいまだに集中しようとしているレベル──では、寒さをとにかく閉め出そうとしているからだ。いずれにしろ、私は寒さに震えるのではなく逆に汗をかいている。だが寒さ以外にもう一つ難題があり、そちらの突きつける問題のほうがはるかに致命的で、私たちのチーム全員が挫折するはめになりかねない。

理性的な人たちはキリマンジャロ山頂までのルートを五日から一〇日かけて、ゆっくりと慎重に段階を踏み、体が新しい赤血球を十分に作り出して、標高が高くなるにつれて酸素が薄くなる分をカバーできるようにする。しかし私たちは理性的なくちじゃない。二日間で登頂するという相当大胆な計画を立てている。そのペースでは順化している暇はない。標高三九〇〇メートルをやや上回る地点──山頂までまだ三分の二──で、早くも空気は薄くなり、順化できない人たちは次々と頭痛や痙攣に見舞われ、悪くすると命を落とす。こうした症状ですでに二人脱落している。一人は身長二メートル近いオランダ人で、けさの朝食の際に一〇分間吐き続けた後、一歩ごとによろけてどうしようもなかった。もう一人は、オランダの有名な、マリフアナを提供する「コーヒーショップ」チェーンの経営者で、昨夜、血液中の酸素濃度の激減によって手足が動かなくなった。

高山病にはどんなに屈強なアスリートといえども油断できない。アメリカ軍はこの問題に悩まされてきたので、特殊部隊を高地の戦闘区域──アフガニスタンでは非常によくあるタイプ──に派遣する際は、酸素不足で戦闘能力を喪失する兵士の割合をできる限り予測して詳細に報告する決まりになっている。これまでのところ、任務のたびに戦闘員を増派する以外に解決策はない。数字だけで分析すれば、私たちのチームの見通しは厳しい。出発前日、環境リスクを専門とする陸軍の研究所のベテラン科学者が試算した結果、メンバーの四分の三が、脱落した二人と同じ症状に陥るだろうという結論になった。私たちが確実に失敗すると考えているのは陸軍だけではない。妻は私が出発する直前、コロラド州の四〇〇〇メートル級の山にしょっちゅう登っているジャーナリストから、私が登頂を果たすのは絶対に無理だろうと言われたそうだ。

世間のほかの人びとにはなかなかわかってもらえないが、私たちがこの山でやろうとしていることは、派手なパフォーマンスでもなければ自殺行為でもない。服を着ていないことも、標高の高さも、ペースの速さも、実を言えば、現代社会のとりわけ差し迫った問題を理解するための実験の一環なのだ。その問題とは、技術への依存が人類を弱くしているのか、というものだ。コロラド州の懐疑的なジャーナリストからアメリカ陸軍の科学者、そして私のかたわらにいる山岳ガイドまで、私の知っている人間はみんな、テクノロジーが生み出す繭にくるまっている。その繭は安全で暖かく、地球という惑星の自然の変化に耐えるのに役立つ。過去六〇〇万年に及ぶ人類の進化において、私たちの祖先は凍りついた山や灼熱の砂漠を、ごくわずかなテクノロジーの助けだけで長い間旅した。彼らがめざしたのはこのキリマンジャロの山頂ではなかったかもしれないが、アルプス山脈とヒマラヤ山脈を越えて海を渡り、新世界にたどり着いたのは確かだ。彼らは私たちが失ってしまったどんな力を持っていたのか。それ以上に、その力を取り戻すことはできるのか。この旅の根底にある仮説は、人間は快適さと周囲に対する忍耐力を「アウトソーシング」すれば図らずも自分の体を弱くすることになる一方、よくある環境ストレスをふたたび日課に取り入れるだけで、その進化上の活力をいくらか取り戻せる、というものだ。このぐらつくヘッドランプの列にいる誰もがいわば命懸けでその仮説の真偽を確かめようとしているのかもしれない。時間をかけて自分をトレーニングする方法に加えて、シンプルな方法で体を温める能力を意識的に活性化できるらしいことも、私たちは知っている。

私は冷たい空気を吸い込み、目の前の燃えるようなオレンジ色の岩を見据える。腹の底から吐き出すような音を立てて息を吐く──千年の眠りから覚めようとしているドラゴンのようだ。エネルギーが満ちてくるのがわかる。呼吸のリズムが速くなる。登山靴の中で両足のつま先がじんじんする。眼前に広がる世界は明るくなり、夜明けが二ついっぺんに訪れているかのようだ──一つは昇る太陽に、もう一つは私自身の心の奥深くに関係がある。耳の後ろで、誰かが導火線に点火したみたいに熱が渦を巻く。熱は弧を描いて両肩を通り、背骨のカーブに沿って下りていく。気温を確認してもしようがない。気温が氷点をゆうに下回っているなかで、私は燃え上がっているのだ。

(『サバイバルボディー』より抜粋)

書籍データ

サバイバルボディー 表紙
概要過酷な環境にわが身をさらし、ついに「凍えぬ体」を獲得したジャーナリストが、最新の医学研究や自然人類学の知見のほか、トップアスリートのトレーニング法、エクストリーム・スポーツの現状を紹介しながら「潜在的な身体能力を引き出す方法」の一部始終を明かした体当たりサイエンス・ノンフィクション。
タイトルサバイバルボディー
サブタイトル人類の失われた身体能力を取り戻す
著者名スコット・カーニー
出版社白水社
刊行日2018年9月8日
判型四六判
頁数312頁
定価本体価格2200円+税
ISBN978-4560096536