自衛隊と憲法 背表紙
社会の知恵

安倍首相の言う「自衛隊明記改憲」をまじめにシミュレーションしてみる

「自衛隊明記改憲」に執念を見せる安倍首相だが、現実に発議するとすれば、現政権に厳しい事態をもたらすことになる。その詳細をシミュレーションしてみよう。

2 自衛隊明記改憲の難しさ

安倍首相の言う「自衛隊明記改憲」をまじめにやろうとすると、どのような発議をすることになるのでしょうか。

そもそも、憲法に「自衛隊を設置してもよい」と書くだけでは、「自衛隊を明記」したことにはなりません。なぜなら、「自衛隊」という名前の組織を置くことが明らかになるだけで、自衛隊が何をやる組織なのかが全く分からないからです。「自衛隊とは、災害の際に国民を救助したり復興を支援したりする組織だ」という人から、「自衛隊とは、侵略国が現れたときにそれを排除するための組織だ」という人、「自衛隊とは、個別的自衛権と集団的自衛権を行使する組織だ」という人、「自衛隊とは、外国の軍隊と同じ組織だ」という人まで、各々に「自分の理解が正しい」と主張し合って、収拾がつかなくなるでしょう。これでは、自衛隊違憲論に終止符を打つことなど、到底できません。

そうすると、自衛隊明記改憲を行う場合、「自衛隊が何をやる組織か」という任務の範囲を明記する必要があります。任務の書き方は、いくつかあり得ますが、いずれにせよ、集団的自衛権の行使容認の是非が問われます。そして、そのことは、安倍政権にとって、かなり厳しい事態をもたらします。この点を検討してみましょう。

(1)個別的自衛権限定型

第一は、「日本が外国から武力攻撃を受けた場合に必要最小限度の武力行使とそのための組織の設置を認める」という趣旨の書き方です。この書き方では、国際法上の個別的自衛権により正当化できる範囲でのみ武力行使を認め、かつ、それを超えた武力行使を認めないことになります。具体的には、日本が武力攻撃を受けた場合は防衛しますが、ベトナム戦争や湾岸戦争、イラク戦争のような場合に、日本が空爆や地上軍派遣に参加することはありません。

これは日本国民が広く支持してきた自衛隊の武力行使のラインです。この書き方で憲法改正を発議すれば、可決の可能性もあるでしょう。しかし、これで可決してしまうと、安倍政権が無理をしてまで成立させた集団的自衛権行使容認条項の違憲性が明確になってしまいます。「集団的自衛権行使は認められない」という国民の意思が、単なる世論調査ではなく国民投票によって明らかになったとなれば、2015年安保法制を推し進めた政権にとって、大きなダメージとなるでしょう。

(2)集団的自衛権行使容認明記型

第二の書き方として、日本が武力攻撃を受けた場合に加えて、「2015年安保法制で規定された集団的自衛権の限定行使のための武力行使も認める」と書いてはどうでしょうか。これが可決されれば、安保法制にかけられた違憲の疑いを払しょくできます。安倍政権としては、願ったり叶ったりでしょう。

しかし、これを可決させるのは、そう簡単ではありません。自衛隊を憲法に書くことに賛成する人でも、「集団的自衛権の行使容認を憲法に明記すること」に賛成してくれるとは限りません。集団的自衛権の行使容認には、いまだに反対の声が根強いのです。例えば、朝日新聞の世論調査によると、2016年4月16〜17日の調査では、安保法制に賛成31%・反対42%、2017年3月15日〜4月24日の調査でも、賛成41%・反対47%と、反対が賛成を上回る状況が続いています。

こうした中で、集団的自衛権行使容認を明記した改憲案を発議しても、2015年の反対運動が再び盛り上がることにもなるでしょう。可決の見通しは明るくはありません。そして、もしも改憲案が否決されれば、国民投票で2015年安保法制が否定されたことになり、集団的自衛権行使容認は撤回せざるを得ないでしょう。

また、2015年安保法制を憲法に書き込もうとする場合には、その内容の曖昧さも問題となります。以前、2015年安保法制の問題点として、自衛隊法に新設された存立危機事態条項が意味不明であることを指摘しました。「我が国の存立」云々という文言を憲法に書いても、意味が分からないのは同じです。それを書き込んだ憲法条項を発議しても、国民は判断に困るばかりでしょう。もし可決されたとしても、「集団的自衛権を認めたのだ」という人と、「個別的自衛権としか読めない」という人が出てきて、憲法解釈をめぐる混乱が大きくなるだけです。

(3)国防軍創設型

では、第三の書き方として、国際法上許された武力行使は全て解禁するとの改憲発議をしてはどうでしょうか。日本の自衛の範囲を超えて、国際法上許されるすべての武力行使に参加する組織は、9条2項が持たないと宣言する「軍」に該当します。したがって、この改憲発議には、9条2項を削除して、軍を持つことを明記する改憲も伴う必要があります。また、行政機関とは異なる軍事機関を新設するのですから、「第四章 国会」「第五章 内閣」「第六章 司法」に続けて、「第七章 軍事(または、国防軍)」の章を設けて、国防軍をどのように統制していくのかも憲法に書き込む必要が出てくるでしょう。

この書き方は、何をやろうとしているのか、内容は明確です。さらに、可決できれば、2015年安保法制も問題なく追認されたことになるでしょう。

しかし、世論の支持は強くありません。また、改憲発議の段階でも、自民党以外の賛成を取り付けるのは難しいと言われます。このため、現在のところ、この案で可決するのは不可能と言ってよいでしょう。

3 任務曖昧化作戦

このように、自衛隊の任務の書き方として、(1)個別的自衛権の範囲に限定、(2)存立危機事態での武力行使容認も明記、(3)武力行使の全面解禁と三つの方法が考えられますが、いずれも安倍政権にとって厳しい帰結が待っています。こうした状況を前提にしたとき、安倍政権や自民党は、どんな手を取るのが最善でしょうか。おそらく、次のような改憲発議でしょう。

(1) 任務の範囲は明記せず、あるいは曖昧にして、「自衛隊を設置してよい」という趣旨の規定だけ書いて発議する。
(2) これにより、個別的自衛権までの自衛隊を明記するなら賛成だが、集団的自衛権の行使容認までは賛成できないという人の賛成をとりつける。
(3) 可決後に、2015年安保法制を前提とした「自衛隊の現状」が国民投票で認められたと言い出す。

実際、自民党内での議論は、集団的自衛権をめぐる議論が激化するのを避けるため、具体的な任務の範囲を明記しない方向で検討が進められていると言います。

しかし、このような「任務を曖昧にして国民投票」作戦は、あまりに卑怯でしょう。国会は、憲法改正を発議するなら、国民に何を問うべきかを明確にすべきです。

4 あるべき自衛隊明記改憲の方法

以上を踏まえたとき、自衛隊明記改憲をやるとすれば、どのようにやるべきでしょうか。
まず、自衛隊の任務の範囲を明記することが最低限必要です。また、2015年安保法制の存立危機事態の条文は、意味が曖昧すぎるので、より明確な形で書き直す必要があるでしょう。

また、以前見たように、国会法68条の3は、改憲発議を行う場合には、「内容において関連する事項ごとに区分」するように定めています。個別的自衛権と集団的自衛権とは、目的も行使要件も全く異なりますから、(1)「個別的自衛権の行使を認めるべきかどうか」と、(2)「集団的自衛権の行使も併せて認めるべきか」という論点は、それぞれ別の論点として考えるべきでしょう。

そうすると、自衛隊明記改憲は、〈第一投票:日本が武力攻撃を受けた場合に、防衛のための武力の行使を認めるかどうか〉と〈第二投票:日本と密接な関係にある他の国が武力攻撃を受けた場合に、一定の条件の下で武力行使を認めるかどうか〉の二つに区分した投票をすべきです。

このように発議をすれば、絶対護憲の人は「両方×」、個別的自衛権までの自衛隊明記に賛成の人は「第一投票○、第二投票×」、集団的自衛権も認めるべきと考える人は「両方○」と投票すればよく、どのように投票すればいいかは明確になります。そして、第二投票が否決された場合は、潔く2015年安保法制は修正すべきでしょう。

(『自衛隊と憲法』より抜粋)

書籍データ

自衛隊と憲法 表紙
概要自衛隊と憲法の関係について関心が高まり、憲法改正に関する議論も活発になった。しかしその内容は、理性的・合理的な議論とは程遠いものが多い。自衛隊違憲説に長い歴史があるのと同様、自衛隊を現行憲法の枠内で説明しようとする政府解釈にも精密な議論の積み重ねがある。改憲の是非を論じるためには、憲法の条文やこれまでの議論を正しく理解することが必要だ。憲法と自衛隊の関係について適切に整理しつつ、改憲をめぐる議論についてもポイントを解説。9条をはじめとする、憲法改正の論点がスッキリと理解できる、全国民必携のハンドブック。自衛隊は憲法に明記すべきなのか?
タイトル自衛隊と憲法
サブタイトルこれからの改憲論議のために
著者名木村草太
出版社晶文社
刊行日2018年05月02日
判型四六判並製
頁数208頁
定価本体価格1450円+税
ISBN978-4794970350