この空のかなた 背表紙
Created with Sketch. 自然の知恵

土星から見た地球

「宇宙人はいますか?」宇宙物理学者の著者が、今まで何度となく受けてきた質問です。残念ながら今のところ、その答えを知っている人は誰もいないのですが…この問いから見えてきた、「困難」と「不可能」の違いとは?

宇宙に関する講演後にしばしば尋ねられる質問が「宇宙人はいますか?」です。残念ながら今のところ、その正解は誰も知りません。でも、「実際に発見できるかどうかは別として、この広い宇宙のどこかには存在していると思います」と答える天文学者は多いことと思います。私もその一人です。

日中から人目をはばからず「宇宙人がいる」と堂々と言ってのける人間はかなり危なそうです。私ですら、「決してむやみに信じてはなりませんよ」と言いたくなります。でもこれは、「宇宙人を見たことがある」とか「幽霊がいる」などといった主張とは全く意味が違うことだけは強調しておきたいと思います。

皆さんも、「宇宙人はすでに地球に来ている」といった類いの話を耳にしたことがあるかもしれません。しかし、科学的事実に基づいた話は、少なくとも現時点では、何一つありません。また、幽霊の存在は、現代科学とは明らかに矛盾しています。心理学的な理由でそう思い込むことはあるでしょうし、信じること自体は個人の自由ですが、科学的にはあり得ません。

一方これに対して、宇宙人、すなわち、自分の星を飛び出して宇宙に進出できるほどの高度文明を発展させた知的生命の存在自体は、科学的には何もおかしな話ではありません。そもそもわれわれ人類がその一例なのですから。

わが地球は、太陽とともに今から約46億年前に生まれました。地球で最初の原始的生命が誕生したのはそれから約10億年後だと考えられています。しかしそれらが進化し人類の祖先が誕生したのは今から100万年ほど前。宇宙へ探査機を飛ばすことができるだけの高度な科学文明を手にしたのは、わずかこの100年以内のことでしかありません。

その現代文明にしてもいつまで続くかはわかりません。地球上の資源の枯渇、未知の病原菌による大量絶滅、さらには考えたくもないですが一部の愚かな為政者が引き起こすかも知れない核戦争、などなど。これらを考慮すれば、現代の地球レベルの高度文明はあと数百年程度しか存続し得ないとの悲観的な推定もあります。

とすれば、仮に太陽系と全く同じ惑星系が存在したとしても、この瞬間そこにたまたま高度な文明が栄えている確率は、46億年中の数百年、すなわちたった1千万分の1に過ぎないものと予想されます。この大雑把な推定からだけでも、ある意味で正反対の興味深い二つの結論が導かれます。

一つは、宇宙人の存在を確認するのは極めて難しいとの悲観的な見方。太陽系のように生命を宿す条件を満たす惑星系を1000万個以上も観測しない限りは、宇宙人が存在する惑星系は発見できないというわけです。

もう一つは全く逆の楽観的な解釈。われわれが住むこの天の川銀河系には、約1000億個の恒星があります。仮にそれらがすべて太陽系のような惑星系だとすれば、1000億個の1000万分の1、すなわち1万個の「高度文明が発達した惑星」があってもよいことになります。さらに、われわれが観測できる138億光年以内の宇宙に範囲を広げてみれば、天の川と同じような銀河が約1000億個あると考えられています。とすれば、実際に観測できるかどうはさておき、この宇宙全体では1万×1000億=1000兆個もの独立な知的文明が存在するかもしれません。上記の推定がかなり不正確であるのは事実ですが、1000兆個が0になることはなさそうです。

カッシーニ衛星からの画像 ©NASA/JPL-Caltech/Space Science Institute
カッシーニ衛星からの画像 ©NASA/JPL-Caltech/Space Science Institute

ここまで読んでいただければ、「この宇宙のどこかに宇宙人はいるでしょうか」との問いに、「存在していると思います」と答えたくなる天文学者の気持ちがわかってもらえるのではないでしょうか。とはいえ、「存在する」と「実際に発見できる」には雲泥の差があります。その困難さを実感させてくれるのか、上に掲げた写真です。そこに写っているのは何か、すぐにはわからないことでしょう。ヒントは、太陽系内の惑星です。右上に見えている幾重にも重なった溝から想像できるものと言えば……そう、これは土星とその環なのです。

1997年に打ち上げられた米国の土星探査機カッシーニは、2017年9月15日に土星の大気圏に突入し燃え尽きるまで、土星とその環、衛星を観測し続けました。この画像は、太陽がちょうど土星の後ろにすっぽりと隠れる位置にカッシーニがいる際に、太陽の背景越しに写した土星です。左上にある4分の1の黒い円が土星のシルエットなのですが、それよりも、太陽の光によって木漏れ日のように照らし出された環の美しさのほうに目を奪われることでしょう。

しかしここで本当に注目して欲しいのは、それらではなく、環のずっと下にある小さな明るい点のほうなのです。一体何なのか、わかりますか? もう少しわかりやすいように、その領域を拡大した下の写真も眺めて考えてください。

カッシーニ衛星が見た地球と月 NASA/JPL-Caltech/Space Science Institute
カッシーニ衛星が見た地球と月 NASA/JPL-Caltech/Space Science Institute

答えはわが地球です。拡大写真には、地球だけでなくその周りを回っている月までもはっきりと写っていますね。この写真は、日本時間の2013年7月20日午前6時頃に撮影されました。カッシーニを運用している米国航空宇宙局が、事前にこの撮影予定を公表し、イベントとして呼びかけていたおかげで、この瞬間に2万人を超えるアメリカ人が、土星に向けて手を振っていたようです。いかにもアメリカらしい茶目っ気溢れたキャンペーンだと思いませんか。

とはいえこの白い点には、手を振る彼らはおろか、地球上に溢れているはずの文明や生命の証拠は何一つ見い出せません。つまり、この写真は、地球以外で生命を宿す天体を科学的に発見することの本質的な難しさを同時に示しているわけです。

この撮影時、カッシーニと地球との距離は14.4億キロメートルです。言い換えると、データを伝える光の信号が地球に届くまでに約90分かかっています。これは随分遠くのように思えますが、実はそうではありません。すでに発見されている数千個もの太陽系外惑星系は、いずれもこの土星から見た地球に比べて桁違いに遠い、数光年から数百光年だけ先にあるのです。したがって、「宇宙人」の観測的発見は、この画像よりもさらに桁違いに困難だと言わざるを得ません。

とはいえ、「困難」と「不可能」が必ずしも同じではないことはご存知の通り。だからこそ、数多くの天文学者が、生命そして文明が存在する「もう一つの地球」を発見するために日夜知恵を絞って研究しているわけです。その発見はまだしばらくは現実的には期待できないでしょう。しかし、もしそれが発見されたならば、その先には、「われわれは何も知らなかった」に代表される途方もない世界観の大変革が控えているはずです。逆にその時代がやってくるまでは、この画像をじっくり鑑賞しつつ、あれやこれやと想像して楽しむ自由がわれわれ一人ひとりに委ねられています。どうぞお試しあれ。

(『この空のかなた』より抜粋)

書籍データ

この空のかなた 表紙
概要夜空のかなたに広がる宇宙を見るその時、この世界の知られざる姿が浮かび上がる。美しく壮大なカラー写真を入り口に、宇宙物理学者がそこに潜む不思議を語る。
タイトルこの空のかなた
著者名須藤靖
出版社亜紀書房
刊行日2018年6月22日
判型四六判
頁数184頁
定価本体価格1700円+税
ISBN978-4750515526