HATE ! 背表紙
社会の知恵

映画のなかの人種差別

あの名作にも潜む人種差別の表現。ヘイトに陥らないために知るべき人類最悪の表現史。

ゲット・アウト(第1章「BLACK」より)

映画『ゲット・アウト』の、主人公の黒人の恋人は白人女性。現在では、異人種同士のカップル奇異な目で見る人は減っている。主人公は恋人の実家のパーティに誘われる。実家には、神経外科医の父と、精神科医の母がいる。母は催眠術を扱うようだ。ほかに、黒人のメイドと庭師がいる。パーティでも、年配の白人女性の年下の黒人の夫以外はすべて白人。

この三人の黒人たちの奇妙な振る舞いに主人公はとまどう。そして、主人公のいないところで、白人だけによるオークションが開かれる。こうした不可解な展開が続くなかで徐々に真相がわかってくる。

パーティに参加している白人は、年老いて生活がままならなくなったとき、健康な肉体を持つ黒人の脳と自分の脳を入れ替え、黒人の肉体を借りて長生きしようとする秘密のグループだった。オークションは次の標的(黒人)の肉体が誰のモノになるかを決めるものだった。

主人公の恋人の母親が催眠術で獲物である黒人の行動を制御し、父親が脳手術をする。恋人は、獲物の黒人を手に入れるための手配師・狩人だ。実家にいたメイドも庭師もすでに、恋人の白人の祖父や祖母の脳を移植されていた。

主人公はその実態を知り、逃亡を図る。だが、祖母の脳を移植されたメイドに邪魔され、恋人と庭師も追いかけてくる。この追っかけシーンを、前出のガンビーノのミュージック・ビデオがオマージュしている。

映画の主人公は、恋人を殺そうとするが逡巡(しゅんじゅん)して、なかなか手を下せない。そこにパトカーがやってくる。白人を殺そうとしている黒人という状況は、アメリカでは特に不利だ。瞬時に射殺されてもおかしくない。しかし、やってきた警官は友人の黒人警官だった。

このエンディングには別の結末も用意されていた(特典映像で見ることができる)。別のヴァージョンでは、主人公が白人警官に捕まり、すべての罪を負う。実際に公開されたのはハッピー・エンドのほう。黒人が冤罪で警官に射殺され、警官は無罪となる事件が相次ぎ、あまりにもそういった事件とリンクしすぎたかららしい。

タイトルの「ゲット・アウト」は、年配の白人女性の夫である黒人青年が、一瞬自縛から解き放たれたとき、主人公に向かって発した言葉からつけられた。そこに含まれた意味は、「ドあほう」(イギリス方言では「get」を「マヌケ」という意味で使うことがあるらしい)、こんな悪夢の場所からすぐさま「でていけ」、という主人公への忠告。それと、自分のなかに居座っている白人の脳に、「でていけ」、だろう。

まさに、白人が黒人を飼い慣らそうとするホラー映画である。皮肉な観方をすれば、白人女性が黒人と付き合うのには裏がある、よほどの理由がある、といっているようにも思える。

ディア・ハンター(第2章「YELLOW」より)

映画『ディア・ハンター』(マイケル・チミノ監督、一九七八)では、ベトナム人の会話に英語(日本語も)の字幕はついていなかった。何を言っているのかわからない恐怖を強調するために効果的だった。意味のわからない「機関銃のように発せられるコトバはすでに聴覚の拷問であり、奇声を発するヴェトナム人は「動物」にしか見えない」(村上由見子『イエロー・フェイス──ハリウッド映画にみるアジア人の肖像』)。これは米兵が抱いた恐怖である。

村上さんによると、撮影はタイで行われ、ベトナム人役はタイで雇用されたタイ人だったそうだ。アジア系アメリカ人ではない。したがって話された言葉もベトナム語ではないかもしれない、という(村上、前掲書)。村上さんは続けて、アジア人がアジア人の言葉を、何の編集も翻訳もなしにしゃべったアメリカ映画は初ではないだろうか、とも。

たしかに、アメリカ映画は、英語による翻訳劇を基本としている。『シンドラーのリスト』(スティーヴン・スピルバーグ監督、一九九三)のようにナチスもユダヤ人もみな英語。『SAYURI』(ロブ・マーシャル監督、二〇〇五)も、第二次世界大戦前夜の京都が舞台で、芸者が主人公にもかかわらず、全編英語。しかしこの映画の場合は、主人公の芸者役が中国人だったので、逆におかしな日本語を使われるよりは英語でよかったのかもしれない。

ただし、ノルマンディ上陸作戦を描いたハリウッド映画『史上最大の作戦』(ケン・アナキン/ベルンハルト・ヴィッキ/アンドリュー・マートン監督、一九六二)では、ヨーロッパ各国の俳優が自国語で演じているめずらしい映画だった。登場するのが欧米語ばかりだからなのかもしれない。

ちなみに、鹿狩りについて、「一発(one shot)がすべてだ」と主人公(ロバート・デ・ニーロ)は冒頭で語る。これは、北ベトナムの捕虜となって、一発の銃弾をやりとりするロシアン・ルーレットへの布石であり、悲惨な戦場体験で記憶を失った、親友のクリストファー・ウォーケンが最後に思いだす言葉も「一撃」(one shot)だった。

ここから、ベトナム戦争の米兵が、村から一発(one shot)でも銃弾が飛んできたら村を破壊せよという命令を受けていたことを思いだす(ニック・タース『動くものはすべて殺せ』)。たしか、第一次世界大戦も日中戦争の引き金となった盧溝橋事件も一発の銃弾からはじまった。真珠湾奇襲もアメリカ人に与えた印象は「一撃」だった。

また、北ベトナム兵は、ことさら非情に描かれている。ベトナムの民衆を意味なく虐殺する。ロシアン・ルーレットを強要する、脂ぎった北ベトナム兵も、冷酷ながら、野蛮で愚鈍に描かれる。耳障りに聞こえる言語も恐怖を増幅する。

ベトナムの民間人を殺害したベトナム兵を、主人公は火炎放射器で焼き殺す、あたかも復讐するかのように。しかし、前述したように、「動くものはすべて殺せ」の命令で、罪のないベトナム民間人を火炎放射器で焼き殺してきたのは米兵だった。おそらく、米兵を正義の味方のように描かなければアメリカの観客が許さないかもしれない、という忖度のシーンだろう。

サイゴン(現在はホーチミン)の雑踏も、通常ならアジアのパワーを感じるところだが、人がごちゃごちゃいて、猥雑で汚く、まともな人間生活が送れない場所のように感じさせる。主人公たちがアメリカの故郷に帰ってくると観ているほうもホッとする。とんでもない戦争に首を突っ込んだアメリカ、という印象を描いて成功している。

しかしベトナム戦争は、どんな結果がよかったかはわからないが、アメリカが介入してごちゃごちゃになったことだけはたしかだ。

(『HATE !』より抜粋)

書籍データ

HATE ! 表紙
概要「動くものはすべて殺せ」「ラット(彼ら)を駆除せよ!」黒人、黄色人、ユダヤ人にふりかかった、人種差別の表現史。忌み嫌われ、蔑まれ、恐れられた人々は、残虐に殺され、凌辱された。第二次世界大戦、アウシュビッツ、ベトナム戦争、ポスター、会話、映画、音楽……。歴史と風俗を混在させる筆致が、当時の気配を立ち上がらせ、差別をエスカレートさせてきた手法を浮き彫りにする。現代の足場を揺さぶる、最悪の表現史。
タイトルHATE !
サブタイトル真実の敵は憎悪である。
著者名松田行正
出版社左右社
刊行日2018年7月10日
判型四六判変型
頁数383頁
定価本体価格2500円+税
ISBN978-865282054