いい家をつくるために、考えなければならないこと 背表紙
社会の知恵

家づくりで理解されていない「設計者」の大切さ

依頼すると「費用がかかる」と思われるがちな設計者だが、実はいい家をつくるには欠かせない存在。たんなるデザイナーではなく、コストを下げるのも設計者の仕事だという。設計の実態と設計者の役割を紹介する。

家は設計者で決まる

家をつくろうと思い立った時、現代ではその選択肢がだいぶ広がったとはいえ、いまだ大半の人がまずハウスメーカーの展示場を回るようです。しかし、あの世界の住宅にどうもなじまない、という人はどうするか──。

「いい工務店はないか?」
「どこかに、いい大工さんはいないか?」

と、こんな風に考えるようです。しかし、すでにこの第一歩に問題があるのです。
確かに、いい工務店、優れた大工さんに出会うことは最終的には大事なことですが、ひとっ飛びにこの選択をして、果たして魅力のある家にたどり着けるかどうか──。しっかり加工し、しっかり削り、しっかり組むことはできても、それだけで魅力的な家が生まれる訳ではありません。

魅力ある家は、魅力あるイメージによって成立していくものです。いい工務店、いい大工さんは基本的に家をつくる技に長けた人達であって、豊かにイメージする人達ではないのです。この見当違いにこそ、魅力ある家が生まれない直接の原因があります。それは世間の実状を見れば明らかです。

提案する設計者

設計とは不思議なものです。設計は「建主」と「設計者」との間で進められていきますが、もの言わぬ敷地を見て、そこに設計者が何を見、何を感じ取るか。あるいは家族に接し、言葉で述べられた夢や希望を聞いて、そこから何を摑み取るか。その内容は設計者によっておそろしいほど違ってくるものです。

これは同じ制約条件のもと、同じ希望を述べても、設計者が違えば家は全く違ったものになることを意味しています。感性や洞察力、ちょっとした表情から読み取る直感、言葉の深意の汲み取りようは千差万別なのです。

話し合いが重ねられていくうちに、当初の希望が本当に自分の望んでいたものだったのかと疑問に思い始めたり、全く逆の希望となったり、また考えもしなかったのに「そう言われりゃそうだ」と気付いたり、こういうことがさまざまに起きてくるのです。

こう考えると、生涯の家をつくろうというのに、設計期間が1週間や2週間とは何とおそろしいことでしょう。希望を聞き、間取りを考え、外観を決める──住宅の設計は、そんな他愛ないものではないのです。希望を言ってその通りにやるだけなら、それは設計ではなく、パズルと呼ぶべきなのです。

同じ希望でも、全く違う設計

同じ希望を述べても、設計者によってどれほど案が違ってくるか、ここでは一つだけ紹介しておきます。これは「大手ハウスメーカー」対「住まい塾」の事例です。

「歯科医院プラス住宅」の事例は、当初、大手ハウスメーカーで計画が進められました。住まい塾でつくりたいと以前から思っていたようですが、住宅以外はやらないと思っていたそうで、ハウスメーカーと打ち合わせを重ねたのです。しかし何度打ち合わせてもフィーリングが合わない。それで訪ねてこられたのです。

計画案として出されていたのは3階建の広さ98坪、石風サイディング(ボード状の建材)のキャッスル風の家──概算見積は1億2000万円くらいだったそうです。
「こんな大きな建物、必要なんですか?」これが私の第一声でした。だいたいの希望を聞けば、おおよその広さの見当はつくものです。この希望でこんな広さは必要ない──と直感的に感じたからでした。

私の計画したものは広さ69坪──別段、希望が簡素化された訳でも、縮小された訳でもありません。これで必要にして十分なのです。それがどうしてあんなことになるのか。この例などは、発想の違いというよりも、設計者の心得違いといった方が正しいように思います。比較する機会がないから気付きませんが、こんなおそろしいことが世の中にはめずらしくないのです。

こうした実例に接すると、設計とは楽しいだけでなく、同時におそろしいものであることに気付くはずです。設計者選びは、家づくりにとって決定的な影響を及ぼすものであることが、お判りいただけたのではないかと思います。

もう一つの重要な役割

設計者の役割の中で、設計の次に大切なのが「工事監理」です。これを「工事管理」、あるいはそれを行う「工事監督」と間違える人が多いので注意が必要です。

「工事管理」はあくまでも施工業者の人で、工事に直接関わる事柄に責任を持つ立場にあります。これに対して「工事監理」は設計者が行うもので、設計図の意図通りに工事ができているかを定期的にチェックし、工事監督(現場監督)や職人達と打ち合わせを重ねながら完成まで見届けていくのがその役目です。

工事契約前の工事業者への見積依頼や図面説明、質疑応答、見積書の内容チェック、妥当な金額までの調整・交渉も工事監理者の重要な仕事となっています。

住まい塾ではかなり詳細な図面を描きますが、図面は万能ではありません。そのため工事に入ってから、現場にさまざまな迷いが生じます。図面から読み取れないところがあったり、図面にくい違いがあることもあります。

また、図面では決定できない、現場で実際の見本をつくって決めるべき事柄──例えば木部オイル塗装の色調、内外左官材の配合や色調、仕上がりのテクスチュア等については、現場監督や各職人と打ち合わせることが必要になります。

この工事監理がなかったらどういうことになるのか。

初期に、遠隔地の方と「設計図までお願いして、あとは地元の業者と直接やります。気心の知れた業者ですから……」と、こんな形でやったことがありました。

完成時に私を呼んでくださったのですが、言葉が出ないほど愕然としたものです。すべて手直ししたい衝動にかられましたが、時すでに遅し。

施工業者の方は、普段やっているようにやったに過ぎなかったのでしょう。しかし住宅は設計図に意図されたものとは、全く違うものとなってしまったのです。

詳細な仕様書と設計図があっても、工事契約時に予算との兼ね合いで変更したところもあったのでしょう。それ以上に大きかったのは、一つひとつを判断する際の感覚の違い、バランス感覚の違いでした。

床のフローリングは設計図で指定されているものとは別のもの。壁・天井の左官材の色とテクスチュアなどは現場で見本をつくって決めるものですが、どこかのメーカーの既調合製品を塗って終わり。照明器具は予算に合わせてすすめられるままに決めたのでしょう、各部屋すべてがプラスチックシェードの蛍光灯。襖紙は鳥の子紙の指定なのにビニールクロス。スイッチ・コンセントプレートは住まい塾ではこれまで一度も使ったことのないプラスチック製。畳の縁は茶褐色の無地が住まい塾のスタンダードなのにグリーン系の安紋縁──。

こうなると、いかに詳細な設計図があっても、出来上がる住宅は完全に別ものとなってしまうのです。以来、どんな理由があろうとも、出来上がりに責任が持てない「設計図面まで」という依頼は一切受けなくなったのです。

加えてもう一つ、設計者には重要な役割があります。それは施工業者・職人達の持てる力を引き出し、生かすことです。この役割の自覚が設計者には必要だと思います。

現場に行って「ワタシャ設計者デゴザイマス」式にツンとしていたのでは、職人はまず設計者を受け容れませんし、それでは職人の持てる力を引き出すどころではありません。

設計料は余分にかかるもの?

「設計料は工事費以外に余分にかかる」と思っている人が大半です。だから、設計を頼んで家をつくるなんてことはお金に余裕のある人のすることだ、となるのです。「設計にお金をかけるくらいなら、工事にかけた方がいい……」といった考えも根っこは同じでしょう。

しかし本当にそうなのでしょうか?

住まい塾で家をつくった700人余りの人に質問しても、ほとんどの人がそうは思わないだろうと思います。賛助会の施工業者に同じ質問を向けても、おそらく「設計がなければ、設計料分が浮いた」とは考えないと思います。

おそらく多くの方は、設計料をデザインフィーと考えているはずです。しかし設計図面が完了した後の仕事もあるのです。

工事業者から上がってきた見積書に目を通し、適正基準にまで交渉して贅肉の取れた額にまで調整するのも設計者の役割(工事監理の範囲)の一つなのです。この調整する金額だけでも、設計料のパーセンテージを上回るのではないかと思います。

こうした工事費のコストダウンに対する努力は、工事費を安くするための努力と受け止められていますが、これは結果的には設計料のコストダウンへの努力でもあるのです。なぜなら、設計料は総工事費に対するパーセンテージで決められているものだからです。

「坪単価」のワナ

設計がしっかり為されることが極めて少ない現状では、当然のことながら一般の人が正式な設計図を目にする機会はほとんどありません。ですから、多くの人が間取りと外観さえあれば、おおむね住宅はできるものだと思っています。

一方、施工業者や大工さん達も、設計図らしきものがほとんどない状態で「うちなら坪○万円くらいでできますよ」などという話をします。正確に言うならば「我々がこれまでやってきたような家ならば……坪○万円でできるだろう」ということであって、「あなたが思い描く家がそれでできる」という話ではありません。

ですが、知識もないまま聞かされた人は、「あの業者はいくら」「この業者はいくらかかるらしい……」といった話を鵜吞みにしてしまいます。建物の仕様も、室内の立体構成も、照明はじめ電気、給排水設備といった内容も定かに決まらぬ段階で、坪いくらでできるといった話は、全くあてにならないのです。

簡単な間取りと外観くらいでどうして見積ができると考えるのか、ましてや何もないところで坪いくらといった話を人々はなぜ信じてしまうのか、私には不思議でなりません。

(『いい家をつくるために、考えなければならないこと』より抜粋)

書籍データ

いい家をつくるために、考えなければならないこと 表紙
概要誰もが“いい家”を望んだはずなのに、なぜ、多くの人が家づくりに失敗し、これほどまでに魅力のある家が建たないのか。骨太な梁や柱による、がっしりとした骨組み、床や天井に配された木目の美しい無垢材、天然の土や顔料を用いた風合いある左官壁──細部にまで職人の手技が行き届いた住宅を700棟以上も手掛けた建築家が明かす、満足のいく家を建てるための方法。情報過多のなか、家を求める多くの人が、「知らなくていいことを多く知り、知るべきことをあまりにも知らない」という現実に、一石を投じる。
タイトルいい家をつくるために、考えなければならないこと
サブタイトル《住まい塾》からの提言
著者名高橋修一
出版社平凡社
刊行日2018年9月26日
判型四六判並製
頁数253頁
定価本体価格1800円+税
ISBN978-4582544640