民主主義を直感するために 背表紙
社会の知恵

いったいこの基地は誰を幸せにするのだろうか?

沖縄民意の反対を押し切り土砂投入が強行された辺野古。政治的な問題を考える時、最初にある素直な直感はとても大切だ。「これは何かおかしい」という感覚が得られたならば、そこからは「なぜこうなっているのか?」という問いかけが生じ得る。哲学研究者が2015年に辺野古を見て歩いて得た直感を伝えるレポート、その後編。

(中編の記事はこちら

マイクを使っての様々な報告や話が一通り行われると、何やら人々が立ち上がり、動き始めた。どうやら皆で道路を横断し、ゲート前に直接に座り込みにいくらしい。

さて、この後始まったゲート直前での抗議行動は、実に興味深いものであった。ここには、政治を考える上での理論的な問題が見出されるように思われる。当日の雰囲気をなるべく忠実に伝えられるよう努力したい。

道路を渡った後、何が始まるのか私にはすぐには分からなかった。だが、おもむろに人々が二列になり歩き始めた。人数は一三〇人ほどだろうか。二列になって歩行する人々は、約二〇メートルの長さのゲートの端の前から出発して、もう一方の端の前で折れ曲がり、歩道を行ったり来たりする。こうして、歩道上を行進する二列の人々の輪が出来上がった。

行進する人たちは、ひろじさんのかけ声でシュプレヒコールをあげる。アルソックの社員たちが「はい、これ以上は車道に出ないでくださいね」などと声をかける。実は、歩道とゲートの間にはオレンジのラインが引いてある。ここを越えるな、という意味で米軍が引いたラインである。行進は、このオレンジのラインと、歩道と車道との境界線の間でうまく輪を作っているわけだ。

タイムス記者の知花さんが行進を見ながら、「毎日、こうやってゲートの目の前で抗議運動を行って、緊張状態を作り出しているんです。いろいろと試しながら、この形になったみたいです」と説明してくださる。「緊張状態を作り出す」とは実に見事な表現であったことを私はこの後理解することになる。そしてまた、なぜ「この形になった」のかをも。だが私は、行進を見ている時点ではまだこの言葉の意味を十分には理解していなかった。

いったいこの基地は誰を幸せにするのだろうか?
(写真:岩沢蘭)

報告や話が行われていた時からずっと、ゲートの奥、一〇メートルほどのところで、数名の機動隊員がこちらを監視していた。行進が始まっても様子は変わらない。そのまま立ってこちらを眺めている。変化が起こったのは、行進が一五分ほど続けられた後、次の行動が始まった瞬間であった。

行進していた人々が、ゲート中央部前に集まり、歩道に座り込んだ。いわゆる座り込みによる抗議である。すると突然、奥の方に停めてあった(よく見かけるお馴染みの)機動隊のバス二台から、白いシャツにネクタイを締め、警察官の帽子をかぶった(私が数えた限りでは)二四人の機動隊員が、軽くジョギングをするような感じで走りながらゲートに向かってきた。また、それまで気づかなかったが、屋根にメガホンが取り付けられた機動隊の車両も、一台、ゲート内部の向かって右側に停車していた。

私は一瞬、何が起こっているのか分からなかったのだが、だんだん事態が飲み込めてきた。最初、皆が輪になって行進している時点では二四人の機動隊員は出動してこなかった。なぜか。どれだけ多くの人が輪になって行進していようとも、歩道を歩いているだけである以上、それは単なる歩行であるからだ。歩道だから歩行していいに決まっている。そこで何を訴えていようと、歩行者が歩行しているだけなのだから取り締まれない。だからひろじさんたちは、まず最初、輪になって歩行したのである。

ところが、座り込みになると違う。通行を遮断する「危険」な行為だという口実で、取り締まりの対象にできる。だから機動隊は、座り込みが始まった時点で出動したのである。機動隊の車両の屋根に取り付けられたメガホンからは、(私には意外だったのだが)何ともハリのない声で、「こちらは名護警察署です。歩道に止まるのは危険な行為です。すぐに移動してください」という警告が機械的に反復されている。

三〇秒に一回ほどの割合で、この警告文が淡々と読み上げられていた。「そこに止まるのは危険だから、すぐにどきなさい!」といった具合ではない。

いったいこの基地は誰を幸せにするのだろうか?
(写真:岩沢蘭)

何が「危険」であるかは現場の判断に依存する。どこかの歩道に誰かが一人座り込んだ時点で「道路交通法違反だ」と言ってその人間を逮捕することも理論上は可能であろうし、やってやれないことはない。しかし、現場の判断は現場の雰囲気に強く依存する。たとえ取り締まる側に「取り締まりたい」という気持ちがあろうとも、それを許さない雰囲気が現場を支配していれば、当然、取り締まりは行われない。法の適用とはそのような曖昧さを抱えている。

大量の人間が、十分に正当な主張をもって集い、誰を傷つけるでもなく、ただ自分たちの思いを訴えている時、その主張を無視したり、弾圧しようとする側との間に緊張関係が生まれる。この緊張関係は、「よっぽどのことがなければ、度を超えた判断はできない」という圧力をもたらす。ひろじさんたちは、毎日繰り返される抗議行動によって、この緊張関係を巧みに作り上げている。そして、結局のところは恣意的であらざるを得ない法の適用に対し、実効的な影響力をもたらしている。

行進から座り込みへと抗議行動の様態が変化した瞬間、ひろじさんはしゃべり方を変化させた。それまでの「基地建設に反対するぞぉー」「我々は闘うぞぉー」といった感じのややノッペリとした口調をやめ、鋭い口調で矢継ぎ早に言葉を投げかけはじめた。

「抗議集会はすぐに終わります。いいですか、機動隊の皆さん、我々をここでどうかするのは国際社会の恥ですよ。いいですね、抗議集会はすぐに終わります」

「三〇日からは工事も取り消しになる。機動隊はもはや我々を取り締まる理由を持たない!」

「あなたたちも沖縄県民だろう。一緒に平和な沖縄を作っていこう。これまでのあなたたちに対する行きすぎた罵詈雑言は謝る!」

こんなぴりぴりとした緊張状態の中にも自然とユーモアを持ち込めるのは、ひろじさんの力量なのか、沖縄の雰囲気なのか。鋭い言葉の中に差し挟まれた「これまでの行きすぎた罵詈雑言は謝る!」の一言に私は爆笑してしまった。機動隊は出動したものの、手出しはしてこない。もちろん、出動はこちらを威圧することが目的なのだが、傍目に見れば、今日のこの時点では、抗議行動の方が機動隊を威圧している。したがって、「歩道に止まるのは危険な行為です」とメガホンから音声を流すことはできても、排除はできない。実際、その日、抗議活動と無関係な歩行者はほとんどいなかったのであり、危険ではないのだから、取り締まりはできない。

目には見えない雰囲気が、抗議活動や取り締まりに、微妙だが、しかし決定的な影響を与えていることが、この場からひしひしと伝わってくる。それはこの座り込みによる抗議だけでなく、テント村の存在そのものにもかかわっている。抗議する人がたくさんいて、「工事を監視しているぞ」「テントが撤去されないようにずっと監視しているぞ」という雰囲気を作っておくと、機動隊はなかなかテントの方に来れない。たった二車線の道路を渡れない。

ここから、法の自由な適用可能性に関わる重要な認識を取り出すことができる。既に述べたように、法はそのままでは適用されず、適用には必ず判断が伴う。したがって、法の適用にあたっては、その判断の担い手こそが強い力を持つ。だがこれは、解釈の担い手が大きな圧力を受けていれば、無理な解釈を行って乱暴な取り締まりをすることはできなくなるということでもある。ならば、権力に抗議する者たちは、自分たちの身を守るためにこそ、相手を雰囲気で威圧する必要がでてくる。ベンヤミンが『暴力批判論』で示した論点は、暴力批判や権力批判に止まらない射程を備えている。それは抗議行動の積極的指針であり得る。そして辺野古では、それが既に実行されている。非暴力的な抗議活動、民衆の声、洗練された行動様式が、基地建設反対の強い訴えになるとともに、それを訴える者たちを守っているのだ。

もちろん、この戦略には危うさが伴うのであって、うまく行かないこともある。二月二二日、ゲート前で県民集会が開催されることになっていたこの日、ひろじさんと、同じく抗議活動をしていた男性が、午前九時頃、基地内より突然現れた米軍基地の警備員(通称「軍警」)によって拘束された。その後、二人は県警によって「無断で基地に立ち入ろうとした」との理由で逮捕、起訴されるが、二三日夜に釈放された。弁護団の三宅俊司弁護士によれば、結局、どこの裁判所が、何を根拠に、何の罪名で二人に逮捕状を出したのか、逮捕状の中身が確認できなかったという。三宅弁護士は、「県警は、米軍が身柄を拘束した者は、逮捕せざるを得ないと思っているのでは」と語っている(IWJ Independent Web Journal のインタビューより)。結局、逮捕の根拠はうやむやのまま事件は幕引きにされてしまった。

軍警を務めるのは、米軍に雇われた地元住民である。故に、普段は基地の外から見られても誰だかが分からないように、全身黒づくめの服装に身を包み、帽子、黒や白のマスク、フード、サングラスなどで頭部を覆っている。ここではこの事件の細かい検証はできない。だが、抗議活動に手をこまねいている沖縄県警に苛立った米軍が、軍警を使って無理矢理に運動のリーダーを拘束したというのが実情のようだ。県警は、そのような米軍の動きに対応せざるを得ないが、明確な逮捕理由なども見つからず、曖昧なままに幕引きせざるを得なかった。三宅弁護士も指摘するように、どうやら沖縄県警も戸惑ったのだ。

県警についてはこんな話も聞いた。抗議活動を取り締まる中、抗議活動をする人々に「下がってください、下がってください」と語りかけながら、ボロボロ涙を流している若い機動隊員がたくさんいる。基地建設に反対するためにゲート前にきたおじいやおばあに、「あんたたちも沖縄県民じゃろ、こんなことをしていていいと思っとるのか、おじいやおばあを大切にしろと教わらなかったのか」と語りかけられ、泣き出す機動隊員もいる。当たり前だ。だが、そうした若い隊員たちはすぐに配置転換されるのだという。

その日の朝も、一人のおじいが、ゆっくり、堂々とゲートの中に入っていき、機動隊員たちと話をしてきたらしい。最後におじいが「握手しよう」と言うと、機動隊員は「ここではできません」と返したという。浅井さんが言った。「ここではできない、と言ってくれたのがよかったなと思うんです。心はこちらと一緒なわけだから」。

先ほど、ひろじさんの「三〇日からは工事も取り消しになる」との言葉を紹介した。ここで言及されているのは、ちょうどその直前に始まった、翁長知事と日本国政府との、行政手続きを使った攻防である。県知事就任後、しばらく動きが見えなかった翁長知事だったが、それは満を持しての行動への準備期間だった。三月二三日、翁長知事はついに工事取り消しに向けた動きを開始した。ボーリング調査が、県の許可した範囲を大きく逸脱した箇所で行われており、また、当初は想定されていなかった巨大なコンクリート塊によってサンゴが破壊されているとの理由で、一週間以内の作業中止を沖縄防衛局に命じたのである。ひろじさんの言う「三〇日」とは、その期限のことである。

ところが沖縄防衛局は、翁長氏の指示の出された翌日の二四日、すかさず、行政不服審査法に基づいて、指示の執行停止を求める申立書を林芳正農水相に提出した。この手続きには、専門家から次々と疑問の声があがった。行政不服審査法に基づく審査請求というのは、国民が自らの権利を守るために行政機関を相手に申し立てるものだからである。成蹊大学法科大学院教授の武田真一郎氏は「今回の国と県の関係は、通常の埋め立てのように国民と行政庁という関係ではなく、行政機関相互の関係と言える。そうすると、個人の権利を保護する制度としての取り消し訴訟や審査請求を国がすることはできない」と指摘している(『琉球新報』二〇一五年三月二八日)。

これに対抗する形で、翁長氏は三日間かけてこの沖縄防衛局の申し立てに対する意見書を作成し、これを二七日、水産庁に提出した。私が辺野古を訪れた日の前日、ちょうど沖縄入りした日である。ゲート前の座り込みが終わり、皆で再び道路を渡ってテント村の側に戻った午後四時前、タイムス記者の知花さんから速報として伝えられたのは、林農水相が、翁長氏による新基地建設作業停止の指示を「一時的に無効とする」との意向を固めたというニュースだった。翁長氏の陣営は「国の対応は想定内」と述べている。しかし、県の真っ当な指示を、法律上あり得ない手続きで押さえ込もうとした側に、「一時的」などという枕詞をつけて理を認めるとはどういうことなのだろうか。もちろん、予想できたことだ。しかし、これは法律が支配している国で起こってよいことなのか。

新ゲートは米軍車両用であるから、当然、抗議活動中も米軍の車両が入る。私が見ていた間にも、若い海兵隊員たちを乗せたバス(修学旅行で使うようなタイプのそれ)が基地に入っていった。その時にバスからこちらを何とも言えない複雑な表情で眺めていた若者の目が忘れられない。彼はどうして祖国を遠く離れて、この沖縄の基地に来たのだろうか。それは彼が望んだことだったのだろうか。軍の仕事をするために、はるか極東の島国までやってきた。そうしたら、自分たちが勤める基地の前では、その国の国民たちが抗議運動を行っている。そのことを彼はどう思っているだろうか。

いったいこの基地は誰を幸せにするのだろうか?
(写真:岩沢蘭)

「経済徴兵」という言葉がある。国からの命令によって強制的に軍に入隊させる古典的な徴兵制度がもはや機能しなくなった今日において採用されている新しいタイプのリクルート方法である。やり方は簡単だ。社会内の経済格差を広げるような経済政策を採用する。すると失業者や潜在的失業者が町にあふれる。その失業者たちに向かって、「軍に入ると奨学金がもらえるぞ」「大学にいけるぞ」「年金なんかのサービスもきちんと受けられるようになるぞ」と宣伝する。彼らは「自主的」に入隊する。今や、兵士を確保するのに国家的強制力など必要ない。経済的必然性があれば十分なのだ。

大学進学のための奨学金を受ける権利は確かに手に入れられる。だが、その権利を行使するためには厳しい条件が課されており、実際に大学に進学できるのはこうしてリクルートされた若者たちのうちのほんの僅かに過ぎない。こうして「自発的」に入隊した若者たちが、劣化ウラン弾の飛び交う戦場の最前線に送られる……といった事態が実際に起こっている(この手法については、次の書物に詳しい。堤未果『ルポ 貧困大国アメリカ』岩波新書)。もちろん、入隊する若者のすべてがこうした悲惨な事例に該当するわけではなかろう。しかし、少なからぬ数の若者がそうして軍隊に入ってきていることは確かなことである。

基地建設に断固として反対する沖縄の人々。それを取り締まりながら泣いている若い機動隊員。抗議と取り締まりを複雑な表情で眺めている若い海兵隊員。いったいこの基地は誰を幸せにするのだろうか。日本が莫大な費用を負担して作ろうとしているこの外国軍の基地は、いったい何のためのものなのだろうか。辺野古に対する私の直感は更なる問いかけを生んでいった。(了)

(『民主主義を直感するために』より抜粋)

書籍データ

民主主義を直感するために 表紙
概要「何かおかしい」という直感から、政治へのコミットメントははじまる。パリの街で出会ったデモ、小平市都市計画道路反対の住民運動、辺野古の基地建設反対運動……哲学研究者が、さまざまな政治の現場を歩き、対話し、考えた思索の軌跡。民主主義を直感し、一歩踏み出すための、アクチュアルな評論集。山崎亮、村上稔、白井聡との対談も収録。
タイトル民主主義を直感するために
著者名國分功一郎
出版社晶文社
刊行日2016年4月28日
判型四六判
頁数276頁
定価本体価格1500円+税
ISBN978-4794968234