文化空間のなかのサーカス 背表紙
こころの知恵

「この世界」を組み替えるためのアート

サーカスのどのジャンルにも不可欠なもの、それは「動的バランス」であり、その最たる例が綱渡りだ。とはいえ、「動的バランス」が欠かせないのはサーカスだけではない。文化全体あるいは社会全体にとっても同様である。著者は、サーカスこそが文化や社会にとって「動的バランス」の最高のモデルたりうることを強調する。

サーカス的な演し物やジャンルの起源と本質は、運動と変化の諸過程を全体として意味づけることや、文化における動的バランスを人間が認識するようになったことと、緊密にむすびついている。なにしろ、動的バランスというものは、サーカス芸術の源であるにとどまらない。文化の種々の要素間の動的バランスは、文化の存在と発達の形式となっており、文化面での新たな試みを促してきた。文化は、宇宙に似て、おそらく「爆発」の結果生じるものであろうが、規則的に機能しうるのは、古代の思想家たちが「天のものと地のものの永遠の可変的バランス」と定義づけている、動的バランスという形式においてのみである。しかも、文化パラダイムの最適の交替とはバランスどうしの交替であることを認めるならば、バランスの力学はたんに思考上の比喩にとどまらない。バランスの破壊は、文化の対立へと至り、あるいは錯綜した場合は破局、戦争やテロにも至りかねない。

これに関連して思い起こすべきは、1974年8月7日にニューヨークで起こった有名な象徴的出来事である。この日、世界貿易センターの二つのタワー間にぴんと張られたワイヤーの上を、安全装置をまったくつけずに、綱渡り芸人フィリップ・プティが伝説的な綱渡りを敢行した。フィリップ・プティ当人にとっては、決死物は、月並みな現実にたいする勝利であり、ツイン・スカイスクレイパーの建設時からあこがれていた長年の夢の具現化となった。これにたいして、幾年も経た2009年に撮られたジェームズ・マーシュのドキュメンタリー映画『マン・オン・ワイヤー』では、ワイヤー上の運動は、綱渡り芸人が動的バランスをうちたてるという象徴的行為として示されている。世界で「もっともクリエイティヴな犯罪」と当時称されたものをなしとげた綱渡り芸人をめぐって映画をつくらねばという考えは、おそらく、映画監督の文化・政治問題にたいする関心とも、さらには2001年9月11日というはじまったばかりの新世紀の、もっとも破壊的ともいえる出来事にたいする関心ともむすびついていた。この日、世界貿易センターのタワーがテロリストによって壊滅されたのである。

マーシュはこの出来事についてスクリーン上でまったくコメントしていないものの、世界貿易センターの完工に寄せる芸人の期待や、これからの演目への綿密な準備を軸に展開している映画の筋全体が、監督がテクストの下に隠した意味戦略を示している。若き綱渡り芸人は、まだ上演準備の段階で、建設途上のタワーの巨大な柱に目を凝らしていた。これらのあいだにワイヤーを張ろうとしていたのである。当初は廃墟のように示されていた未完成のタワーは、(レヴィ=ブリュル的な意味で)古代のトーテム的対象のように受けとめられており、このトーテムといっしょに、芸人は魔術的相互作用へとはいっていくことになる。ぴんと張ったワイヤー上での綱渡り芸人の45分間の動きは、トーテム的対象とのある種原初的な神秘的一体化にひとしい。プティは、存在の根幹に関わるような力がタワーにあるとみなしており、眩暈がするような高所でも完璧に守られているかのように感じている。芸人が従っているバランスの力学の法則は、ようやく竣工したスカイスクレイパーたちの理想的一体性を完成させているかのごとくである。カメラの動き、写真のモンタージュは、建築空間と人間のバランスのとれた調和を強調するようになっている。

文化は、マーシュが示しているように、動的バランスというかたちにおいてのみ──すなわち、移動、変化、改新にもかかわらず、力やエネルギーが常に全体として相関しているような、システムの可変的状態というかたちにおいてのみ──正常に機能することができる。ワイヤー上の人間と綱渡りの芸が、文化的オブジェとしての建築物を、自然との調和的統一へと導いている。綱渡りの芸は、動的バランスの生体的かつ機械的な形式をはっきりと示していた。これにたいし、バランスの破壊は、数年後、人類の悲劇へと転化した──タワーはほんもの現代のわれわれの生活においては、社会機構と住環境とのあいだ、文化のなかで対立すらしているようなさまざまな傾向どうしのあいだ、種々の言説実践のあいだ、アルカイックな実践と科学や技術の最新の成果とのあいだ、人間とその他の生物とのあいだにおいて、バランスのモデル化がますます必要となってきている。サーカス芸術は、動的バランスのモデルとして、統合的で世界創造的な大きな潜在力を有している。そこには、聖なるものと美的なるものとのアルカイックな未分化状態が、つねに存在しているからである。

サーカス空間では、ひとつの文化の枠内だけでなく、さまざまな非均質的な、対立してさえいるような文化のあいだでも、対話がおこなわれている。サーカス芸術には、社会生活の自己調節と自己保存のメカニズム、社会の安定、社会の調和、つまり社会の諸領域と人間との動的バランスを得るための「秘密」が、少なからずある。サーカス芸人の生と芸術は、バランスの破壊との闘いの具体例となっている。

(『文化空間のなかのサーカス』より抜粋)

書籍データ

文化空間のなかのサーカス 表紙
概要文学、思想、美術、演劇、映画、アニメーション……あらゆる領野に遍在する「サーカス的なるもの」。その根源と彼方に向かい、文化史を書き換える未曾有のサーカス論。本書はたんにサーカスという芸術(アート)を礼賛するものではない。サーカスがいにしえより有する「バランスの力学」と「ノマド性」を強調し、「サーカスこそが今日の文化や社会を見直し、改変するためのモデル、世界を変えるためのモデルになりうることを、サーカスのさまざまなジャンルや演目を例に引きながら立証しようとしている」(「訳者あとがき」より)のだ。
タイトル文化空間のなかのサーカス
サブタイトルパフォーマンスとアトラクションの人類学
著者名オリガ・ブレニナ゠ペトロヴァ
出版社白水社
刊行日2018年12月20日
判型A5判
頁数442頁
定価本体価格8000円+税
ISBN978-4560096635