ビジネスパーソンのための一目おかれる酒選び 背表紙
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吟醸酒は、お燗をするともったいないと思っていませんか?

吟醸酒は、その作られ方によっては、いわゆる「燗上がり」がおこり、冷酒では味わえない美味しさが味わえます。では、どのようにして燗上がりする吟醸酒を見分けるのか? その答えは、以下の記事に!

「大将、これお燗にして」

「ダメだよ、お客さん。これは大吟醸だから冷やして飲まなくちゃ」

「そうなの? 俺は燗酒が飲みたいんだけど」

「じゃ、こっちの純米酒にしてください」

「それじゃなくて、この大吟醸が飲みたいんだよ」

「ダメダメ、ウチはね、大吟醸はお燗にしませんから!」

こういう押し問答、よくありますね。とくに酒のウンチクたっぷりの日本酒専門店に多いような気がします。このあとに続くお店の言い分は、だいたい次のようなものです。

「吟醸酒はお燗にすると香りが飛んでしまう」

「純米酒や本醸造酒こそ燗酒にふさわしい」

「大吟醸をお燗にするなんてもったいない」

あなたも上から目線でこのように説得されて、「そういうものなのか」と信じていませんか? でも、本当に吟醸酒はお燗にしてはいけないのでしょうか。私の思うところ、実際、お燗にすると美味しくなくなる吟醸酒はあります。でも、全部ではありません。

これは吟醸酒に使われている酵母と密接な関係があります。昔から吟醸酒に使われていたのは、協会九号酵母(熊本酵母)や、80年代に開発された静岡酵母などでした。これは酢酸イソアミルという香気成分を生成し、バナナやメロンのような香りがします。

しかし、90年代に入るとアルプス酵母に代表される「香り系」と呼ばれる酵母が登場します。これはカプロン酸エチルという香気成分を生成し、そのリンゴや洋ナシを思わせる派手な香りは、一気に吟醸酒ブームに拍車をかけました。

現在では、全国新酒鑑評会で金賞を取るのは、香り系酵母を使わないと難しいとさえいわれています。そうした風潮にくみしない、酢酸イソアミル系酵母を使う酒蔵は、「鑑評会に出品しない」という選択をするところもあるくらいです。

このように吟醸香には、大別して二つの香気成分があるのです。そして概して香り系酵母を使ったお酒は、お燗に向きません。強い香りでお化粧しているようなものなので、お燗で香りが変化してしまったら、バランスを崩し、その魅力は消え失せます。

しかし、香り系ではない吟醸酒をぬる燗くらいで飲んでみてください。香りも立ちますし、味わいもまろやかになって飲みやすくなるはずです。もちろん冷やでもおいしいのですが、冷やではわからなかった新しい魅力に気づかれることでしょう。

私は全国的に有名な酒蔵5蔵を集めて燗酒のイベントを主催したことがあります。その5蔵中4蔵は、お燗に向く生酛や純米酒を得意としている蔵でしたが、一蔵だけは、「本醸造でも吟醸香がする」といわれるくらい、吟醸酒で名を馳せている蔵でした。

お客さんは100名近く集まりましたが、その一蔵の燗酒がおいしくないと文句を言った人は一人もいなかったばかりか、「このお酒はお燗にしてもおいしいんですね」と新たな発見をしてもらえました。ここの蔵がずっとこだわって使ってきた酵母が香り系ではなく、酢酸イソアミル系だったのは偶然ではないでしょう。

「吟醸酒は冷たく冷やして飲む」という固定観念を助長しているのは、最近の日本酒業界の状況が関係していると見ることもできます。

それは日本酒の海外進出です。業界や国をあげてメーカーの輸出をバックアップしていることもあり、2015年の日本酒輸出金額は140億円で、六年連続過去最高を記録しました。最大の輸出国はアメリカで、国別シェアの36%近くを占めています。

輸出をがんばっている蔵元さんから直接聞いたところによると、マンハッタンやハリウッドでは、高級和食レストランで食事をしながら、冷えた大吟醸のフルーティーな香りを楽しむのが、セレブの間で大人気なのだとか。彼は「今アメリカでは、クール・ジャパン! クール・サケ!が合い言葉ですよ」と嬉しそうに語っていました。

一方、私が一五年以上前に西海岸へ行ったとき、地元のスシバーで飲まれていたのは、カリフォルニア米でつくった現地生産の日本酒でした。

カリフォルニアロールをつまみに酒を飲んでいるアメリカ人のテーブルには徳利が置かれていて、現地の日本酒メーカーの人が「あれは熱燗ですよ」と教えてくれました。「日本酒は熱々にして飲むもの」という今とは真逆の固定観念があった時代です。「でもこうやって飲むのも人気ですよ」と、スシバーのマスターが出してきたのが、日本酒をオンザロックにしてライムを搾ったものでした。

どちらにしても、香り高い日本の大吟醸がさかんに輸出される以前の話で、隔世の感がありますね。もはや日本酒の熱燗は時代遅れ、今はフルーティーな吟醸酒、それを冷たくしてワイングラスで飲むのが海外のトレンドなのです。

というわけで、吟醸酒を頑なにお燗しないお店は、香り系酵母の酒しか置いていないか、海外の日本酒事情にたいへん精通なさっているかのどちらかでしょう。そういうお店では、おとなしく冷えた吟醸酒を飲むか、酸のあるしっかりした純米酒あたりをお燗してもらい、お茶を濁すしかなさそうです。

(『ビジネスパーソンのための一目おかれる酒選び』より抜粋)

書籍データ

ビジネスパーソンのための一目おかれる酒選び 表紙
概要缶ビールや瓶ビールより樽生の方がおいしい? ウイスキーはストレートで飲むべき? 吟醸酒をお燗してはいけない? 酸化防止剤が入ったワインは体に毒?.....これらはみんな勘違いです。どうして? その理由は、この本に書いてあります。思い込みや勘違いで、おいしいお酒との出会いが失われているとすると、それは、ほんとうにもったいないことです。本書で、お酒のキホンの棚卸しをしてください。目からウロコ、請け合います。
タイトルビジネスパーソンのための一目おかれる酒選び
著者名江口まゆみ
出版社平凡社
刊行日2016年12月19日
判型四六版
頁数256頁
定価本体価格1400円+税
ISBN978-4582824858