殿山泰司ベスト・エッセイ 背表紙
社会の知恵

ヘンな国だねニッポンは。

1963年、自衛隊の「三矢研究」が発覚、1965年には筑豊炭田で爆発事故がありました。映画やドラマで独特の存在感を見せつけた名優・殿山泰司が、ユーモアを交えつつ憂うニッポンの政治や国のありようは、今の日本にも通じています。

それにしても戦争はイヤだなあ。

ベトナムの風雲が急を告げる時、ニッポンの国会では“三矢研究”なるものが、社会党の代議士からバクロされ問題になっている。

この“三矢研究”というのは、北朝鮮と中共の軍隊が38度線を突破して韓国に全面攻撃をかけてきた場合、直接侵略の危機にさらされたニッポンはどうするか。それに対して、防衛庁内部で作成された計画書なんだそうである。

三矢ナントカ、サンヤだかミツヤだか知らねえけどよ。防衛庁のだね、いいオトナがきっと何人か集まって作ったんだろうけど、ようこんなアホな研究しよったな。アキレ返ってモノもいえんわ。

その中に防衛作戦計画とか、戦争指導機構をどうするとか、物資や精神動員をいかにするとかの問題もふくまれてるんだそうである。

精神動員とは何んのことや。オレたちの精神のことまで防衛庁で心配してくれてんのか。オレたちの精神のことは、オレたちの勝手にさしてもらいてえなあ。

第一、まだ戦争する気でいるのかよ。戦争する気があるからこそ、こんな計画書を作る気になったんじゃねえのかね。止めなよ、戦争はもうイヤだよ。

オレはこの前の戦争で、貴重な青春時代を5年近くも、中支の戦線を引っぱりまわされ、兄弟二人きりのそのたった一人の弟は、ビルマのマンダレーというとこで戦死してしまった。オレみたいなクダラナイ人間は、弟のかわりに死んでやればよかったと、オレはいまでも思っている。

五人の息子たちが全部戦死してしまって、生きる希望を失って自殺した父親もいる。亭主に戦死され、小さな子供を抱えて生き抜き、やっと高校を卒業させて就職させようとしたら、片親だから駄目だと断わられた母親もいる。戦争がなかったらこんな悲劇は生まれないはずである。オレの胸から、悲しみとイキドオリはまだ消えていない。

ある新聞にこんな記事が出ていた。

“自衛隊は飾りものではない。国民がお花見酒に酔いしれていようとも、彼らは常に内外の敵を予想し、それに備える準備を持っていなくてはこまる”

この文章の中にはたくさんの問題を含んでいるが、自衛隊だけが祖国を守るのであろうか。祖国というものは国民全体が守るものだとオレは思っている。国民の一人一人が、自分の国を、自分たちを幸せにしてくれるすばらしい国だと思えば、黙っていても守るものである。武器などは問題ではない。

政治家のミナサンよ。“三矢研究”がドコから洩れたかなんてツマラネエこと心配するより、これがオレたちの祖国だと信頼できるような、すばらしいニッポンをつくってくれよ、ナア。

政治はオンナにまかせよう

オレみたいな貧しい三文役者が、政治のことなんか何もいいたかねえけどよ、本当の政治家てのは、その国の人民のためを思って政治をやってくれるのが当たり前じゃねえのか。

半世紀も前に、石川啄木という人が、働けど働けどわが暮らし楽にならざり、なんとかかんとかという歌を作ったよな。その歌がよ、いまでも通用するってんだからオドロキだよ。つまりオレたちの生活は、半世紀も前から少しも進歩してねえんだよな。

そりゃ、遊んでブラブラして、楽になりたいとは思わないよ。本当はそれでもいいんだけどよ、しかし働いたら楽になりてえよな。ヘンな国だねニッポンは。

オレたちがジャリのころはよ、よくオトナが子供をつかまえて、坊や大きくなったらナニになるんだいと聞くと、たいてい、陸軍大将、総理大臣なんていったもんだよな。

いまは陸軍大将はなくなったから幸せだけど、総理大臣なんてガキは一人もいねえよな。いまのガキはね、タクシーの運転手とか、サラリーマンとか、プロ野球の選手とか、もっと現実的なことをいうよ。

子供もよ、総理大臣なんてたいして理想的なもんじゃないってこと知ったんじゃねえのか。

しかしだな、本当は政治を司る人たちは、ニッポン国民のことを真剣に考えて、日夜苦労されてるエライ人たちだと、子供に尊敬されるような人間にならなきゃアカンよ。坊やは大きくなったら総理大臣になるんだといいきれる世の中に、一日も早くなっていただきたいね。タノンマッセ。

都知事の使途不明のオコズカイが4千万円。都議会での議長選挙での贈収賄。東京都は伏魔殿だって言葉が昔あったけど、いまでも伏魔殿だったのか。ああ、知らなんだ。

そうかと思うと、吹原産業事件。政治家がドコまで関係してるのかオレは知らないけど、政治・経済の狂いなんて首相の答弁は、これは答弁にならんやろう。

一国の政治経済が狂ってるなんて、これはエライことだよ。本当に狂ってんなら、早いとこなんとかせんとアカンのとチガイますやろか。

ほんまにオトコはチョロチョロと悪いことばかりしるよな。

どうやろね、諸君よ。この際だな、ニッポンの各都市の議員さんとか、国会の代議士さんとか、内閣の閣僚さんとかをやな、全部オンナの人にやってもろうたらどうやろ。オンナだったら、そんなに悪いことはしねえと思うけどね。安心して政治をまかしてられるんじゃねえか。ねえみなさま、いかがでしょう。そりゃ中には、ヒドク悪いオンナもたまにはいるけど、そんなのは例外だよな。

ニッポンの国民がだよ、政治家さんの人たちが、いつどんな悪いことしはるのか、毎日のように心を痛めないで済むし、第一、枕を高くして寝られると思うがね。

諸外国の政治家や外交官の人たちもだよ、あそこの閣僚はみんなオンナだからと、安心して当たりもヤワラかくなるのとチガイますやろか。

諸外国にもスケベエな政治家がいるはずだから、そんなのがノコノコやって来よったら、なんぼでもウマイこといきよるで。

スカートをちょっと上げるとか、ウインクするとか、甘いセクシーな声を出すとか、そのヤリ方はニッポン男子がいくらでも教えたるで。

これはエエわ、そうしましょう。一刻も早くそうしましょう。

このハナシを友だちにしたら、その友だちは、しかしウチでオトコがいろいろと指図するから、結局はオトコがやってるのと同じことになるんじゃないかというんだ。

そやけど、いまどきオトコのいうことをハイハイと聞くオンナが一人でもいるかとオレがいったら、それもそうやな、やっぱりオンナにやってもらうかというんだ。

時代もこれだけ進歩したんだから、いっそのこと、現在オトコのやってる仕事を全部オンナにやっていただいてだな、オレたちオトコはウチへひっこんで、子供のお守りや台所をやってもエエと、オレは思っている。

オレをメメしいやつと笑うやつがいるか。

オトウチャンを返せ、亭主を返せ

農大ワンゲル部の“シゴキ事件”てのがあったな。オレなんか大学へ行ったことねえから理解に苦しむんだけど、大学のクラブ活動というのはよ、そのクラブ活動によって心身を鍛錬して、その後の人生に大きなプラスになることが目的じゃねえのかな。

そのためには多少のシゴキは必要であるかもしれない。ダラダラさしといたら、心身の鍛錬にはならんし、クラブ活動の目的もオカシクなるよな。それはわかるんだけどよ、シゴキすぎて死んでしまったら、これは殺人事件じゃねえのか。その人間を鍛えるために、本当の愛情があってシゴキをするのもケッコウだろうけど、死んでしまうほどシゴキをする必要があったのか。

ニッポンにはまだ、人間の生命を大切にしない風潮が残ってるのかと、オレはユウウツな気持ちでいたら、6月1日、筑豊の炭鉱がガス爆発をした。そして237人の労働者が、深い思いを地上の人たちに残しながら、暗い地底で死んでしまったのである。冥福を祈りたい。涙が出る。

石炭政策というのかな、ムツカシイことはよくわからねえけどよ、根本的なことを根本的に修正しなければ、今後なんべんだってこんな悲しい事故は起きるんじゃねえのか。

いったいニッポンの政治家はどういうようにお考えになってるのか、その考えをお聞きしたいね。三井三池のときも北炭夕張のときも、今後こういうことのないように保安を完全にするとかなんとか、責任者みたいな人間が必ずいうんだ。そして、その“今後”には、必ずこんな悲惨な事故が起きてんだよな。どういうつもりなんだい。無責任は植木等だけでたくさんだろう。

だったらだな、今後も必ず大きな事故は発生しますから、炭鉱労働者の方は十分に気をつけるようにとか、生命を大切にする人には転業のお世話をしますとか、もっと気のきいたセリフをいってくれよな。

炭鉱てのは外国にもあるんだろう。だけど外国の炭鉱の事故なんてのはあまり聞いたことねえな。そりゃ炭鉱の状態にもよるだろうけど、つまりは設備がチャンとしてるから事故が起きないんじゃないの。安い賃金の人間がたくさんいるんだから、設備にカネを使う必要はないという考え方は、むかし、オレたちが軍隊でいわれたように、オメエラは1銭5厘のハガキ代で間に合うけど、馬はそうはいかねえんだ、オメエより馬は大事なんだぞ、という考え方と少しも変わらないね。もっとも働く場所の設備の問題は、なにも炭鉱だけとは限らないがね。お粗末ニッポンというよりないね。

人間尊重なんてデッケエこといいやがってよ、ちっとも尊重なんかしてねえじゃんか。人間の生命を大切にすることも人間尊重なんだぜ、わかってんのかよ、オジサン。しっかり政治をやってくんなよ。つづく炭鉱事故の責任を負って、通産大臣が辞表を提出したと新聞に出てたんだ。オレはその新聞を近所の牛乳屋の店先で読んでたら、牛乳屋のアンチャンが「あと2日もすりゃ内閣改造でどうせ辞めるのによ、いまさら辞表なんてのはオカシクないんですかね」とセセラ笑ってたよ。市井のアンチャンから笑われないようにしてください。

オレたち国民は黙って働いて、黙って税金を納めてるのである。哀れな国民よなあ。その哀れな国民の線に沿って政治をやっていただきたいと思います。内閣改造後、佐藤首相は、国民の声を尊重すると言っておられますが、本当に国民の、声なき声を尊重していただきたいと思います。そして、国民の期待する政治をオネガイします。

“期待される人間像”という言葉がありましたが、ご自分が国民から期待される人間におなりになるのが、一番の近道ではないでしょうか。暴言多謝。

オトウチャンを返せ。亭主を返せ。ついこのあいだ北海道からこの悲惨な声を聞き、いま北九州から再びこの声を聞く。オレなんか気のヤサシイ人間だから、悲しくてマゴマゴしてしまうよ。

せめて十分な補償をして上げてください。派閥だとか利権のことでお忙しいでしょうけど、よく考えて上げてね。そして、尊い犠牲者を安らかに天国へ行かせてください。

オネガイシマス。

(『殿山泰司ベスト・エッセイ』より抜粋)

書籍データ

殿山泰司ベスト・エッセイ 表紙
概要銀幕やテレビで一度目にしたら忘れられない眼光鋭い禿げ親父。日本映画史に輝く名バイプレイヤー殿山泰司は、名エッセイストとしても知られている。国家も戦争も蹴っとばせ。あなあきい魂全開だ! 酒とジャズとミステリを、そして何より自由を愛し、サングラスとジーンズで街を闊歩した「三文役者」の精髄を集めた決定版。単行本未収原稿多数収録!
タイトル殿山泰司ベスト・エッセイ
著者名殿山泰司
出版社筑摩書房
刊行日2018年10月11日
判型文庫判
頁数381頁
定価本体価格950円+税
ISBN978-4480435521