翻訳 訳すことのストラテジー 背表紙
こころの知恵

グーグル翻訳があれば外国語学習はもう必要ない?

機械翻訳が便利な道具としてどんどん使われるようになっているいま、外国語をきちんと勉強する必要をだれも感じなくなるのではと危惧する人もいるかもしれません。でも、機械翻訳は、言語どうしの差異をあらためて教えてくれるものでもあります。わたしたちは機械翻訳を通じて、完全な等価物になりえないそれぞれの言語のちがいをより意識し、そこに楽しみを見いだしたり、新しい表現の可能性を探ったりできるようになったとも考えられないでしょうか。

翻訳とはある言語から別の言語に、というシンプルなものではない。それはつねに、ある言語の部分集合から別の言語の部分集合への動きなのだ。たんにフランス語から英語にうつすのではなく、フランス語でのファッションの会話から英語でのファッションの会話にうつすのだ。あらゆる会話が以前の会話の部分部分を並び替えたものなら、この言語の部分集合の中で、どんな語やフレーズがあらわれやすいかをあらかじめ想定することができる。国連の通訳がまさにそうだ。言語を使うということは驚くほど、先行する言語の使い方のまねなのだ。そして翻訳という行為には、すでにどこかで訳された内容の再翻訳がつきものなのだ。この知見は、コンピュータ翻訳にとって画期的だった。〔……〕

以下は、旅行サイト「トリップアドバイザー」のゲストレヴューを、先駆的な統計ベースのプログラム、グーグル翻訳が英語にしたものだ。

In Lanzhou, Jinjiang position better than the Mandarin and Crowne Plaza. Just a little old facilities, services is not dominant. Breakfast overslept, no experience. The hotel’s transportation is convenient, although near the noisy area, probably because of the high floors medial, still relatively quiet. The hotel’s free Wi-Fi off, less effective.

蘭州では、ジンジャンはマンダリンやクラウン・プラザよりも地位が上だ。いくぶん古い施設、サービスは特によくない。朝食が寝過ごし、経験なし。ホテルの交通は便利だが、うるさい地区のそばにある。おそらく並に高い階だったせいで、まだ比較的静かだ。ホテルのフリーWi-Fiはオフで、効果的ではない。

〔……〕このグーグル翻訳はこなれた感じのつぎはぎだ。just a little、probably because of、still relatively quietなどなど。プログラムが人間のソースに依拠し、再利用していることがわかる。まだそういった言いまわしを完璧に縫いあわせるところまでいかないのだ。統計的な翻訳アプローチと文法をベースにした翻訳アプローチの最大の差とは、統計ベースのプログラムは自分自身を改良できる点にある。グーグル翻訳でその都度翻訳を修正してやれば、プログラムはそのデータを活用する。Duolingo(デュオリンゴ)のような言語学習アプリでのエクササイズも、機械翻訳に提供される。実際、毎回、なにかの翻訳はデジタル化され、オンラインで利用可能になり、コンピュータにとりこまれて将来の選択の糧になる。

人知を超えたテクノロジーが進歩するスピードはすさまじい。テクノロジーは言語と人間の関係性を急速に変えつつある。以前は不可能だったコミュニケーションを可能にする。知っているつもりの言語が、へんてこに変換されてでてくる。breakfast overslept, no experienceという文はどうだろうか。なにを言おうとしているのかはわかる。でも、これもことばのひとつとして楽しんでもいい。これは、詩みたいなものなのだ。

(『翻訳 訳すことのストラテジー』より抜粋)

書籍データ

翻訳 訳すことのストラテジー 表紙
概要最新の翻訳研究(トランスレーション・スタディーズ)ではなにが論じられているのか? 本書では、「グーグル翻訳は原文の等価物か?」「『直訳』『意訳』という二分法は正しいのか?」といった身近な問題から、文学作品が翻訳を通じて新たな力を獲得しうるという「翻訳の詩学」と著者が呼ぶものまで、「翻訳translation」という事象が含む論点の広がりが一望できるようになっている。マンガの翻訳やアニメのファンサブ、特異な「翻訳」として近年注目を集めている「漢文訓読」など、日本の読者にとって親しみやすい例が挙げられているのも本書の魅力。さらに、訳者による、日本の読者むけの読書案内を巻末に付した。
タイトル翻訳 訳すことのストラテジー
著者名マシュー・レイノルズ
出版社白水社
刊行日2019年3月1日
判型四六変判
頁数198頁
定価本体価格2300円+税
ISBN978-4560096857