移民とともに 背表紙
社会の知恵

統計は、自由になるための道具。

嘘の数字、詭弁、フェイクニュースを見破るために! フランスが誇る人口統計学者が、「数値を正面から見据える」統計学のほんとうの効用をアドバイス。

われわれの社会では具体的な教育や実践が不足しているため、統計文化(しばしば数学文化と間違えられる)がいまだに欠如している。事実確認や信頼できる数字を求めるニーズの高まりからもわかるように、統計文化は公的討論にゆっくりと浸透している。統計学を、支配、操作、競争の道具だと疑う人々もいる。それを解放の道具にするのが、われわれの役目だ。統計学は歴史の研究と並んで、世界を概観するための貴重な道具である。われわれは統計学を利用して、おおよその大きさを知り、現象の本当の比率を把握し、表象を計測し、比較する。こうしてわれわれの視界は広がるのである。

オーストリア系のアメリカ人哲学者アルフレッド・シュッツの理論によると、社会の関与者は「街の歩行者」のようなものだという。すなわち、その人のもつ場所や道順に関する知識は、個人的な経験に基づいているという意味だ。研究者は、洗練された民俗学的な手法を使ってそうした経験を把握することができる。しかし、そのようにして得る知識がわれわれの日常生活においては重要だとしても、われわれは自分たちの地区の慣れ親しんだ路地において、つまり、「ミクロ」な規模で退屈しながら暮らす必要はない。教育と科学を利用すれば塔の頂上に上り、街を一望できる。すると、われわれの視野は「ミクロ」から「マクロ」へと拡大する。われわれは、長年にわたって王国の特権だった概観するという行為を、わが物にすることができるようになる。私が語るのは、城の主塔でなく街にある自由に上り下りできる塔である。誰もが統計を理解し、利用できるようになれば、統計は自由になるための道具になるのだ。

私は、「解読」、「解毒」、ファクト・チェッキングなどと題される新聞などのコラムについて暗に言及したつもりだ。メディアではそのようなコラムがここ一〇年間に急増した。国民戦線でさえも自分たちのホームページに似たようなコラムを開設した……。科学的な資料で裏づけられたコラムは大変よい仕事をしている。現在と過去の宣言を突き合わせるコラムには説得力がある。数字が示す真実はしばしば複合的で多面的であり、数字で一刀両断できない場合もあると語る思慮深いコラムもある。しかし、私はそれらのコラムに二つの留保を付す。一つめは、巷で聞かれる「フェイクニュース」や「噓の数字」を並べ立てながらでは冷静な討論ができないと考えるからだ。二つめは、それらのコラムは社会統計や人口学を単なる数を数えたりマッピングしたりするための道具としてしか利用していない傾向があるからだ。ところが、社会科学で利用する統計分析は、分析対象の動態、急変、相関関係、因果関係を捉える。

仮に、「イスラーム系移民」=「イスラーム主義」=「テロリズム」という等式が成り立つとしよう。あるいは、「イスラーム系移民」→「イスラーム主義」→「テロリズム」という推論でもよい(矢印は論理的帰結を意味する)。図表を使った事実確認のコラムは、たとえば、概算値を全体に占める比率とともに提示する。しかし、異なる集団が存在するとして、それらの間にはどのようなつながりがあるのか。単純に数えるだけでは、次のような質問に回答することはできない。この等式ないし推論を証明するには、何件において、移民の子供たちがフランスで起きるイスラーム過激派テロ事件の犯人になればよいのか。四件、五件、一〇件、それとも二〇件なのか。それら三つの現実との連関は、単に証拠になる、あるいは証拠にならないという等式として捉えることができないのだ。それは「フランス人」→「ドライバー」→「危険なドライバー」と見なすのが不条理であるのと同様だ。それらの集団が型通りの人々だとしても、そのような等式や推論は成り立たない。ある集団を入れ子構造と見なすのは、因果関係を無視している。計測すべきは、ある状態から別の状態に変わる蓋然性であると同時に、これを高めるリスク要因である(例:リスクの許容度、アルコールの消費量、麻薬の摂取、交友関係など)。そしてこの蓋然性から推論する際には、実証に基づく反証も提出しなければならない。フランス人のドライバーで暴走する人は稀であるように、イスラーム教徒の大半はテロリズムの信奉者ではない。暴力への傾倒を促す「リスク要因」を突き止めるには、詳細な調査が必要なのだ。

(『移民とともに』より抜粋)

書籍データ

移民とともに 表紙
概要嘘の数字、詭弁、フェイクニュースを見破るために! 国立人口学研究所でエマニュエル・トッドを監督したフランス移民学の権威が、統計データを基に移民政策を検証。右翼と左翼の非対称性、国民戦線やポピュリズムに対する批判的視座はもちろん、「ヒトラーに落とし込む論法」「スターリンに落とし込む論法」など危ないレトリックの数々をしりぞけ、世界を正しく見つめる心得について説く。ファクトフルネスとしての「共生」を考えるための好著。
タイトル移民とともに
サブタイトル計測・討論・行動するための人口統計学
著者名フランソワ・エラン
出版社白水社
刊行日2019年4月4日
判型4-6
頁数388頁
定価本体価格4000円+税
ISBN978-4560096918