戦場体験者 背表紙
社会の知恵

戦場体験を語らずに死んでいいのか…、焼却された記録文書

平成日本は戦争のない時代でした。しかし、戦場から帰還した人は過酷な体験を抱え、苦しい日常生活を送りました。戦争トラウマという言葉があります。保阪正康氏はその言葉が知られる前から4000人に及ぶ将兵から聞き取りを行ないました。その一端をご紹介します。

末端の兵士の苦しみ

戦場での苛酷な記憶を持つ者は、日本に戻ってから生活者として家庭を持ち、日々の安寧の中に身を置くと、その次に必ず「自分の一生はこれでいいのか。あの戦場体験の苛酷な思いを語り継がずに死んでいいのか」と自問自答するようになる。私はこれまで延べにして四千人近くの人に会って、戦争体験を聞いてきた。そのなかで戦場体験を克明に語ってくれた元兵士は五百人ほどでしかないが、彼らは必ず誰かに自らの体験を語って死にたいとの思いを持っていることに気づかされる。

なぜだろうか。私の体験では彼らの心底には、「良心」ともいうべき核があり、どれほど日々の生活の中で抑えていたとしても、あるいは忘却という意識で潜在化させていても、それは老いの日々の中に必ず復元されてくるものだ。戦争などすべきではない、戦場に赴いた兵士はどれだけ生涯にわたって傷つくか、そのことを私は教訓とすべきだと考えている。『菊と日本刀』の著者は次のように書かれているので引用しておくことにしたい。

大衆の反逆 背表紙
社会の知恵

ポピュリズムに揺れる現代が、百年前と重なる

真のデモクラシーが終焉し、大衆が跋扈する世界に、全体主義の影が忍び寄る……これは百年前の話なのか?

ことの善し悪しはともかく、今日のヨーロッパの社会生活において最も重要な一つの事実がある。それは、大衆が完全な社会的権力の座に上ったことである。大衆はその本質上、自分自身の存在を指導することもできなければ、また指導すべきでもなく、いわんや社会を支配するなどおよびもつかないことである。したがってこの事実は、ヨーロッパが今や民族、国家、文化の直面しうる最大の危機に見舞われていることを意味している。こうした危機は、歴史上すでに一度ならず襲来しており、その様相や、それがひきおこす結果は周知のところで、その名称も知られている。つまりそれは、大衆の反逆と呼ばれている。

都市空間の明治維新 背表紙
社会の知恵

『東京』遷都は歴史的必然ではなかった!?

明治維新が起こったとき、実は江戸が「東京」となり首都となることは必然ではありませんでした。当時、どのようなプロセスで「東京」となったのか? 『都市空間の明治維新』(ちくま新書)より、その意外な事実を紹介します。

「単頭・中央集権国家」の首都へ

近現代の日本の首都である東京は、近世武家政権・徳川幕府の拠点だった江戸を基盤に成立した。

日本列島のなかで地理的にはほぼ同じ一帯が、じつに400年あまりの長きにわたって政治権力の中枢都市としての地位を占めてきたことになる。たとえば現在の国道1号線は近世初頭に整備された東海道を踏襲したものであるように、道路や掘割の配置、また宅地形状といった物理的な側面において、江戸と東京(とくに中心部)は連続している(陣内秀信『東京の空間人類学』筑摩書房、1985年)。

しかしながら、江戸と東京のあいだには、見過ごせない質的な違いや断絶があることも確かだ。

終末論の系譜 背表紙
こころの知恵

黙示思想と「神の国」──イエスがユダヤ教から受け継いだもの

「神の国」はすでに天上の祝宴として実現していて、今やそこから地上に向って下降し始めている──イエスが持っていた「神の国」のイメージを探る。

イエスは「神の国」を宣べ伝えるに当たって、一体どのような伝承に依拠したのだろうか。「神の国」は全くのイエスの独創、文字どおり「無からの創造」であったのか。もちろん、「神の国」の究極的な意味あるいは本質については、イエスが初めてそれを「見つけた」ということが、あり得るに違いない。その意味あるいは本質を現代人にも分かる言葉で取り出すことは重要な課題である。しかし、イエスがそれを同時代人にどのような言葉とイメージで語っていったかは、それとは区別して考えられるべき重要な問いである。そしてイエスの使うそのイメージの多くが初期ユダヤ教の中の特定の系譜、すなわち古代末期のユダヤ教研究の大御所P.シェーファーの言う「上昇の黙示録」の系譜に見られるイメージ群と重なっているのである。

研究上「ユダヤ教黙示思想」あるいは「ユダヤ教黙示文学」と総称される終末論は一義的な定義が実にむずかしい。「ユダヤ教黙示文学」と聞いて、多少とも事情に通じた人なら、たとえば『エチオピア語エノク書』、『第四エズラ記』(『エズラ記〈ラテン語〉』)、『シリア語バルク黙示録』などを想起するであろう。内容としては、主人公が夢や幻の中で、人類と宇宙万物の成り立ちと歴史、堕落と現状、来るべき審判と天地万物の更新の秘密を啓示されることを考えるのが普通であろう。たしかに、このタイプの終末論は歴然と存在する。

倫理21 背表紙
社会の知恵

「世間」という得体の知れないものの力

SNSでのフォロアー数を競うような人々は、なにを目的にしているのでしょうか? しばしば起こる「炎上」は、いったい誰がどういうモチーフで裁いているのでしょうか? これらの現象は、最近になって登場してきたものではなく、おそらく日本の文化に深く根ざした「世間」というものと深く関わっています。

子供がやったことになぜ親が「責任」をとるのか。その場合、誰に対する責任なのか。それは「世間」といったものに対してです。罪を犯した子供はそれなりに処罰されますし、その親もそのことで十分に苦しみ、罰を受けている。被害者の親が怒りを禁じえないというのはわかりますが、なぜ「世間」が──現実にはジャーナリズムが──、その怒りを代弁するのでしょうか。もしその結果として、非難攻撃された親が自殺したとして、そのことに「世間」は責任をとるでしょうか。「世間」というのは曖昧模糊としたものです。はっきりした主体がない。誰かが親を追及するとすると、その人は自分はともかく、「世間が納得しない」からだというでしょう。

欧米にはキリスト教的道徳があり、それが個人主義の基盤になっていると、よくいわれます。しかし、別の意味で、儒教圏の中国や韓国にも道徳的機軸があり、それが逆説的に、一種の個人主義を可能にしています。日本にはそのようなものがない。そのかわりに、「世間」という、得体の知れないものが働いているのです。本居宣長は、道徳というようなものは中国から来たもので、いにしえの日本にはそんなものはなく、またその必要もなかったといいました。ある意味で、この指摘は正しい。日本人は、道徳というと、何となくけむたいような感じを受けます。戦後アメリカ化によって道徳観が壊れたというようなことをいう人がいますが、それは嘘です。しかし、道徳的規範がないということは、まったく自由で、共同体の規制がないということを意味するのではありません。なぜなら、規制は「世間」というものを通してなされるからであり、この「世間」の規制は極めて強く存続しています。

使える!「国語」の考え方 背表紙
社会の知恵

歴史は物語なのか?

とある日本通史の本が「歴史本」なのか、「小説のようなもの」なのか、注目を集めています。歴史家は物語として扱われることに抵抗があるようですが、歴史、フィクション、物語、それぞれはどのような関係なのでしょうか?

歴史家の多くが、「歴史は物語である」という言明に対して反発を覚えるようである。ただ、歴史家が考える「物語」という語は、「フィクション」に近い意味でとらえているものである。

確かに歴史小説は想像に基づくものであり、また勝手にイメージを作り出していくものである。多くの人がそれこそを「歴史」と考えているのに我慢がならないのは、理解できる。また書店に行けば根拠の乏しい想像からなるものが「歴史の真実」と銘打たれて並んでいるのを見ても、腹立たしい思いになるのであろう。歴史叙述とは客観的事実を追求するものではなくて、国家と国民統合に利するために行うものだとする歴史観を持った人たちが歴史教科書を編纂したりもしている。

常世の花 石牟礼道子 背表紙
こころの知恵

石牟礼道子の文学とは

『苦海浄土』の作家・石牟礼道子さんがこの世を去ってから1年になる。水俣病患者の苦しみを見つめ、歴史の深みから言葉をくみ上げた石牟礼さんと親交のあった批評家・随想家が追悼する。世界文学とも評される石牟礼文学の真髄とは何か。

この数年、石牟礼さんの体調がよいときを見計らって、雑談をしに彼女の住まいを訪れていた。メモや録音をするでもなく、ただ漫然と話を聞く。

水俣での幼き日のこと、『苦海浄土 わが水俣病』の執筆をめぐって、敬愛していた白川静のこと、足尾銅山鉱毒事件で民衆の救済を訴えた田中正造について、彼女は秘めた宝珠に日の光を当てるように穏やかに語った。

石牟礼さんの言葉は、誰にも似ていない。特異の律動を有している。それがいわゆる学習の結果なら、あの無常をたたえた響きが生まれることはなかっただろう。

彼女は類を見ない、優れた歴史感覚の持ち主だった。言葉を歴史の奥底からくみ上げる稀なる才能に恵まれていた。

はじめてのアメリカ音楽史 背表紙
こころの知恵

エルヴィス・プレスリーに人はなぜ引きつけられるのか

「キング・オブ・ロックンロール」エルヴィス・プレスリー。全世界に衝撃を与えた彼の音楽やダンスの何が人を引きつけたのか。アメリカ南部からやってきた研究者バーダマン氏と評論家の里中氏の対談をお届けします。

エルヴィス登場

里中哲彦(以下、里中) 1950年、サム・フィリップスという男が、北部の都市へ旅立ってしまうブルーズマンやリズム&ブルーズのミュージシャンをつなぎとめておくため、地元メンフィスに、プロとして売り出すための録音をするサン・レコード・カンパニーと、素人向けの記念録音を専門とするメンフィス・レコーディング・サーヴィスを設立します。

ジェームス・M・バーダマン(以下、バーダマン) 彼は白人だったけど、黒人にも白人にも平等にレコーディングのチャンスを与えようとした。アイザック・ヘイズは「サムは、よい音楽をつくりだしさえすれば、肌の色など気にしなかった」と語っている。

里中 サム・フィリップスの傘下には、B・B・キング、ハウリン・ウルフ、ルーファス・トーマス、アイク・ターナーら、錚々たるミュージシャンがいた。しかし彼は、黒人のマーケットが狭いこともよく知っていた。そこで、白人のティーンエイジャーの心に訴えかける音楽を探し始めます。

居酒屋甲子園の奇跡 背表紙
Created with Sketch. 働き方の知恵

若者たちの働き方改革

「居酒屋甲子園」というイベントは、若き居酒屋経営者が業界の活性化と地位向上のために始めたものだ。その活動に触発され、他業界へも「甲子園」が広がっている。みずから働き方改革に挑む彼らの原動力に迫ります。

他業界への波及

「居酒屋甲子園をきっかけに始まった他業界の甲子園は、うちの会社が関係しているものでも10はある、その他を入れたら20くらいあるんじゃないでしょうか」

居酒屋甲子園の決勝大会の運営を第1回から手がけているイベントプロデューサー、安藤慎平は言う。彼が代表を務めるコムネットは、もともと企業イベントの企画運営を請け負う会社だ。官公庁から外資系企業までクライアントの幅は広いが、居酒屋甲子園を手がけて以来、「うちの業界でもあれをやりたい」という相談が引きも切らず来るようになった。

「介護甲子園、歯科甲子園に、温浴施設のおふろ甲子園。それから、会計事務所甲子園、理美容道甲子園、建設職人甲子園……エステグランプリにネイルグランプリといった必ずしも甲子園が入らないところもありますが、同じ趣旨のイベントです。うちではありませんが、ぱちんこ情熱リーグ、旅館甲子園、トラックドライバー甲子園もありますよ」

無敵のハンディキャップ 背表紙
こころの知恵

障害者について思考停止状態にある人に衝撃を与えたい

リング上で障害のある身体をさらけ出して闘い、世間のド肝を抜いた障害者プロレス団体「ドッグレッグス」、その誕生秘話。

1989年の終わり頃、私と慎太郎は新しいボランティアグループを作るために動き始めていた。まだ、頭の中の黒い塊は、はっきりとした形に定まってはいなかったが、やるしかなかった。

ボランティア業界に長く関わっている内に、ボランティアグループの問題点もだいぶ見えてくるようになった。自分たちの安息の場所にするために、閉鎖的になって健常者たちを遠ざけていること。障害者と健常者の交流という謳い文句を掲げていても、表面的な関わりだけで終わっていること。そんなボランティアグループの在り方を批判しているうちに、すっかり私はボランティア業界の嫌われ者となっていた。特に発表会に関しては批判が過ぎて、「そこまで言うなら自分でやってみろ」とまで言われてしまった。単純な反発心からボランティアグループ作りに向かった気持ちもあるが、見切り発車になるとわかっていながら踏み切ったのは、和室での慎太郎の一件があったからだ。あの日、宙をさまようような慎太郎の目を見たとき、放ってはおけないと思った。それには、一緒のグループで活動するのが一番よかった。